キーーーー!ってなるよねっていう話

 

今日は夢も見ずにいっぱい眠れた。

 

 

一番、わたし。急に黒歴史などの発表がしたくなったので発表します。具体的なCP目などは伏せていますがBLNL関わらずの二次創作などの話をします。苦手な人はバックプリーズ。これ、ほんと個人サイトのインデックスの文章みたいで懐かしすぎる。興奮を覚える。辛い。

 

 

 

自分のためだけの話や詩を昔はよく書いていた。二次創作であれオリジナルであれ、昔は話を延々と書いて詩も沢山書いていた。公開もする気のない物語を週に1本位生み出しては、ほっぽり投げていた。というか、実家にネットが繋がってなかったし、ケータイも与えられてなかったので、公開しようもなかった。しかしほんと公開してなくてよかった。ネットの海に放出しなくてよかった。ほんとに。マジでほんとに。いやほんとにマジで。してたら今頃死んでた。毎晩枕をバンバン殴っていたところだった。閑話休題、で、そんな感じで高校時代に盛んに書いていたのだが、全部消したのでもう残っていない。一年位前?にUSBが発掘された際、色々と読んでみたら流石自分用に書かれたものだなという感じで、酷い内容のものばかりだった。いや、なんていうか、倫理的に。R-18Gばっかだったのだ。流石に昔の自分にドン引きした。こいつバカじゃねェの~?と思ったのだが、そういう酷い物語を自分で生産して自分で消費しないと生きていけなかったのだろう。ひええ。殺伐ゥ!

 詩は詩で、なんというか当時の精神の混迷具合が推移的に分かってしょっぱい気持ちになる。最初は西條八十を意識した(あくまで意識しただけ)美文調の詩が続き、途中からよく言えば前衛的、悪く言えば意味の分からん現代詩もどきの様相を呈し始め、最終的には何の脈絡もないただの言葉の羅列みたいなのが延々と続くものばかりになっていた。ううん、まさに思春期だな、混乱してんなあ。うわ、うわあ。うわあああああああ、消してええええええええ!リライトじゃねえ!デリートじゃ!デリートしてえええ!てな感じで消した。あれなの、当時高校生だったけど高二病に移行せずにあたいはずっと中二病だったの。黒南風とか慙愧とか、何かそういうちょっとかっこいくてオサレな難読系な言葉をとにかく使いたかったの。ききき。き、きいいいいいいいい!キーーーーーーーーーーー!!!!

 

 

アッ、はあ…はあ…、で、浪人~学部時代は色々と二次創作を書いてちょっと公開したりしなかったりしていた。大学に入ったら途端に落ち着いて、学部一年の頃は全年齢向けの小説ばっか書いてた気がする。でも正直サイト爆破させたので覚えてない。R-18は多分描いてなかった気がするんだけどなあ。ぼんやりしてて覚えてない。でも多分書かなかった筈。私が浪人~学部一年の頃は、個人サイトが最後のキラメキを放ってた時代で、ほんとに個人サイト隆盛の最後の最後の方だったと個人的に思う。少なくとも今みたいに皆ピクシブでなんやかんやしてる時代ではなかった。

 でも時代の流れに乗っかって、学部三年か四年の初めくらいから私もピクシブで色々していた。まあジャンルも分からないままでは絶対探しおおせないだろうからいいけど、小説をあげていた。ひゃあ。小説ゥ~?ハハッ、そんなん渋にあげてませんよ渋は見る専ですよハハッみたいな反応を今までしていたのだが、実はあげていた。ごめんね。R-18Gは書かないけど、殺伐とした二次創作(R-18含む)ばかり書いていた。因みに私は気を抜くと殺伐としてる二次創作ばかり書いてしまう病という一生治らない病に罹患している。上げた小説の九割が殺伐としてて、確認したらハピーエンドな小説とか二つしかない。ハピーなのがほんとに書けない。当時も自分を叱咤して無理やりハピーなのを書いた。そのハピーな小説の一つは渋のランキングだか何だかに載った筈で、運営からお知らせメールが来た気がする。順位すごい低かったけどそれでもやったぜ案件だ。やったぜ。やればできる。でもまあとにかく殺伐とした小説をあげまくって、まあまあ充実していた。自分の読みたい話を自分で書くというのは、何より手っ取り早いのである。最高に近い。

 当時、オリジナル小説も並行して書いていたが、こちらは殆ど公開していなかったし公開する気もなかった。確か倫理的にはOKなのばかりだったけど。他人に見せる気もなく、のんびりと好き勝手に自分のためだけの物語を書いて、自分でひっそりと読んでいた。結局これが純粋に一番楽しいし、精神が癒される気がする。他人に見せるとなると、例えトーシロが書いてる下手なオリジナル小説とはいえ、やっぱり好き勝手すぎるのは書けない訳だし。結構たくさん書いていたのだが、前使っていたPCが死んだ時にそれらも一緒に心中したので、今ではどんなん書いてたかそこまで覚えてない。

 

 

でも院生になってからは二次創作・オリジナル問わず小説を書く暇がなくなった。めちゃんこ忙しくなって、時間的にも精神的にもそんな余裕がなくなった。ごくまれに一頁分位だけオリジナルの文章みたいなのを書いていたが、昔のように完結させる事は出来なかった。あとの殆ど全てはお手軽な脳内妄想で終わらせていた。二次創作は全く書かなくなった。でもまあ書かなくなった一番の理由は小説書きてえ!と思うほど嵌れるCPがなかったからなんだけど、というか、そもそも少しでも嵌っていると言えるCPがなかったのだ。じゃあそんなCP現れたら君小説また書くの?という問題が生じる。今のところ書く気がない。というか書きたいのだけれど書けないのである。

 私には二次創作小説を書く際の個人的基準みたいなのがある。私はそれを「椿〇四〇奏BGM基準」と今名付けた。「椿〇四〇奏BGM基準」です。よろしく。名前あった方がかっこいいかなーみたいな。そんな些末なアレはさておき、具体的にどんな基準なのかと言えば、や、まあそのまんまなんだけど。椿〇四〇奏をそのCPのBGMにしてみていけるか否か判定するってだけのことなんだけど。まず、椿〇四〇奏をBGMにしてそのCPの事を色々と考えてみる。その時しっくりきたら、延々とそのCPの殺伐とした小説が書ける。しっくりこなかったら、かなり無理をしないとそのCPの小説が書けない。というか書けないに等しい。要は、そのCPに殺伐とした要素を少しでも見つけられるかどうかっていう話で、それを椿〇四〇奏を使って判定しているのだ。椿〇四〇奏による幾つかの曲の殺伐っぷりったらもう他の追随を許さないレベルで、基準として非常に使いやすい。

 もう分かるだろうけど、今どん嵌りしてるCPはね、後者なんだよっていうだけです。椿〇四〇奏とか全然似合わなくて、平和で、単純に甘ったるいラヴって感じで、ハピーエンドしかありえなーい!って感じで、殺伐なにそれ美味しいのって感じなのだ。殺伐バッドエンドが似合うようにするには、無理してかなり捻じ曲げないといけない。でもそんな無理に捻じ曲げたそのCPはそのCPじゃないわ!あたいが好きなのはラヴってていちゃついてるCPなのよ!もうバカ!おたんこなす!みたいな感じで、読む専を強いられている。あのねー!あのー、さっき書いたけど、私は殺伐とした小説しか書けない。本気で病気レベルで、渋の小説を見返すと人間関係殺伐しまくりで、メインCPで純粋に愛し合ってるやつらが誰もいない。いたとしても、本編に殆ど関係しないちょろって出る程度のCPだしその描写が殆どない。利害とエゴと気持ちの一方通行とすれ違いに塗れた哀しい人間関係しか書けないィー…ので、あのー、あのねー、ふふ…。書けないのだ。すごい哀しい。哀しすぎる。現代の悲劇かよ。ああもう!キーーーー――――――!!!

 

 

 

 以上が私の黒歴史と凄い哀しい話。どっちも違う意味でキーーーー!ってなる。辛い。救いはないんですか!?ない。終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

うーんっていう話

 

今日は二時間ほど歩いた。

 

あーもうだめだーとなる瞬間がある。つまり、世界の全ての対象がみんな私の敵で、皆私のことが嫌いで憎んでるにちげえねえ!畜生!畜生!みたいな絶望的な気持ちになる瞬間が。幸いな事に、私の場合そんな気持ちは最高でも五分くらいしか続かないし、その五分の間も脳内に「この考えはフィクションです」というテロップが流れ続ける。実際私を憎んでいる人間はいてもおかしくないけど(でも、いくら人間関係への執着が希薄とはいえ、出来る事なら他者に憎まれたくはない)、全世界の全てが私の事が憎いわけがない。私の事を好いてくれているだろう人はほんの一握りだろうけれど確実に存在する。そういう基本的な気持ちがあるから、五分で立ち直れるし、そういう自分の気持ちをある種のフィクションとして茶化すことが出来る。あるいはそう思い込まないと生きていけないからそう思い込んでいるだけかもしれない。でも結果としてプラスに働いているのだからそれならそれでもよいのだ。何にせよ、私は比較的幸せな脳みそを持っているようだ。

 

人間関係への執着は依然として希薄過ぎるほど希薄で、大切にしてきた(筈の)それを簡単に捨ててしまえて、全く傷付いてもいないし辛いとも思っていない自分がこえーなあと思う時がある。自分が得体しれなさ過ぎて最近すごく怖い。他にも得体しれない部分が無意識の海から上がってきて足元にぬるりと絡み付く事があって、よく分からない。自分の足元に広がる黒い無意識の海がけっこうまじめに怖かったりする。私は自分で思ってたより不気味で冷たくてエゴイスティックな人間なのかもしれない。うーん、自分探しの旅に出るしかないのか…!?えーやだー。なにそれー。自分探しの旅ってイメージだけどさー、なんかバックパックとか担いでさー、野宿とかしてさー、焚火を見ながらハーモニカ吹いたりするんじゃないのー?いやイメージだけど。そんなんやだー。温泉なら行きたい。

今度、温泉地の旅館に行って自分探しをしようと思います。探さないでください。

 

 

 

 

ボーバクとしてるよねっていう話

 

今日は文鳥のヒナの代金を払い、一か月後に迎えに行く約束をした。

 

 

長時間電車に乗るという行為が他人よりも好きなのだと思う。乗ってすぐ本を読もうと取り出したりケータイを取り出したりするのだが、膝に本やケータイを置いて茫漠と車窓の向こう側の風景を眺めるのが一番好きだったりする。その間にとりとめもない事や下らない事や比較的重要な事や昔の記憶について考えるのが好きなのである。電車に乗っている間はボケーッと色々な事について取り留めもなく考える事が許可されているような心持になるのだ。心置きなく考え事が出来るというか。昨日と今日比較的長距離の移動を電車でした。楽しかった。色々な事を考え、記憶を反芻した。以下思い出した事と考えた事。

 

①クレイジーお姉さんの事

「死にたいと思った事がある?」とちょっとおかしい(であろう)知らない女の人に唐突に聞かれた事がある。確か中学三年生の時だったか、とにかく目が異様にぎらついた女の人に聞かれた。その女の人自体は顔立ちの整った綺麗な人だった気がするけれど、やっぱりどこか異様だった。そりゃ話したこともない中学生にそんな事を聞く大人はどこかおかしいだろう。で、図書館とか市役所の前のホールとかなんかそういう類の公の場所で勉強していた私に話しかけてきて、二、三言葉を交わした直後にそうにこやかに聞かれた。そんな事聞かれても困るし、死にたいと思った事がある?なんてこちらの心に切りかかってくるような暴力じみた言葉を、突如知らない人に投げかけられてかなり衝撃だった。言葉に詰まっていると、これまた知らないおばさんがその女の人の手を引っ張ってどこかに行ってしまった。うーん、言葉によるテロに近い。

という事を電車の中で思い出し、ドキドキした。そういうアンケートとるならネットでとってくれよなーと思うし、心の薄暗く柔らかい部分を全く知らない人間に蹂躙されたみたいで驚くからやめてよねーとも思う。まあ余りにも衝撃過ぎて、怖いとかそういうのよりポカーンとするしかなかったし、その後でも「あれはなんだったんだ…驚いたなあ」としか思わなかった。そのレベルで驚いた。今でも思い出す度に驚いている。そのレベルだから。やばい。

 

②ルールやばない?って事

電車に乗っていて車窓の外を眺めていると、車道を車が走っている。いや普通にごくありふれてて、特別注視して見るような出来事でもない。寧ろ空気があるレベルで当たり前になってる風景なんだけどさあ、車が車道を走ってるなんて。でもやばない?皆あれ交通ルール守ってるんだよね?やばない?ルールって凄いなあ、ルールがなかったら皆勝手な事をして、最悪みんな死ぬのだ。交通法規もだけど、人を縛る法律って全体的に最高やん!ありがとう法律!みたいな事を思って、法律という制度的対象に感謝し、それを作った偉い人に感謝し、法律を破る人を取り締まる人々に感謝し、そして法律を守る人間に感謝した。

でもその感動や驚きから学問に通じるかは別問題で、制度的対象の存在論とかはそこまで興味がない。芸術作品の存在論とかも。なんというか人間が生み出したものに感動や感謝はしても、そこから一歩踏み出して分析なりをしようという気にならない人間なのかもしれない。私は自然物(或いは自然種)と人工物(或いは人工物種)を別個の存在論的身分を持つものとする主張に賛成するんだけど、私は前者にしか興味はないのかもなと思っている。

 

 

もう少し考えたことがあったので書こうと思っていたのだが、頭痛がうまく治らないのでここらでやめて寝る。とにかく電車の旅は好きだ。最高に近い。飛行機とか怖いし、バスとか車とかすぐ酔っちゃうし。

 

 

 

寂しいよねっていう話

 

 

今日は寝不足で頭がずっとぼんやりしていた。

 

あ、これブログに書こうかな、と思う事がある。大体道を一人で(一緒に歩いてくれる人もこの土地にはいない)ボヘッと考え事をしながら歩いている時である。ボヘッと考え事をしながら歩くものだからよくこける。とても恥ずかしい。脚はあざだらけだ。で、ブログに書こうと思って、それで満足して内容忘れるわけである。大体このブログにはどーでもいい事ばっかり書いてるから、仕方ない。忘れる程度の話題だったというだけだ。で、しばらく放置していた。

というか、このブログってツイッターにて変態的な事を呟く回数を減らすために始めた…気がしないでもない。しかし結局、やれ人妻はエロいだやれセクシー下着だとツイッターで変態的な事ばかり呟き、こちらは何かほんと些末な自分語りに留まっている。でもだからブログやめようとも思ってなくて、不定期に自分語りの長文書くのも脳みそがすっきりするじゃなーい程度に考えている。ブログって日記なんだし、見てる人も殆どいないだろうし、まあテキトーにといった感じだ。

 

で、最近いい加減寂しいんだけど、という話なんだが。

この土地に来て三年が経つ。三年も一人暮らしするのって実は初めてで、学部時代は途中から恋人と同棲していたので、実はこんなに一人というのは初体験である。ずっと二人でいるというのも最後の方はいい加減一人になりたくてなかなか大変だったのだが、まあ当たり前のように寂しくはなかった。友人(あるいは友人っぽい人)も男女問わず沢山いたし、あの頃はかなりのリア充だったと思う。 

こちらの土地には女性の友人がいない。研究室の人とは多分上手くやっていて、多分程度の差はあれみんなと仲が良いと思っているのだけれど、わざわざ研究室の外で待ち合わせて会って話したりご飯食べたりするっていうレベルではない。それに大体が男の人で、まあだからなんだって訳でもないんだけど、今の私は女性のお友達が欲しいのである。私は女性といちゃつきたくていちゃつきたくて、これはもうどうしようもない。仕方ない事である。この渇きは女性にしか癒してもらえない種類の奴なのだ。恋人にしか癒してもらえない部分は、私にどこまでも甘い恋人に存分に癒してもらっている。ありがたいなあ。そして男性の友人やお知り合いに癒してもらえる部分は、リアルとツイッターで癒してもらっている。これもまたありがたい事だ。日々感謝してるのよ。でも、女性の友人にしか癒してもらえない部分が、カッピカピなのである。

女性の友人の何がよいか。何が特別か。それは性的な含みとかそんなん基本的には全く考えなくてもよい身体の接触が可能という点だ。ヘテロセクシュアルを念頭に置けば、男女間の(肩を叩く程度ではない)ある程度しっかりした身体的接触というのは、お互いそういうつもりがなくても、どこかに必ず性的な含みを生じさせてしまう気がする。まあそもそも男の人の身体に触ってもなんも楽しくないという私の思想もあるんだけど、友人間に性的な含みとかいう邪魔臭いのは全くもって要らない訳で、だから男性の友人とは身体の接触というのはありえないし、したくもないわけである。

勿論恋人との身体的接触にも性的な含みは当たり前のように存在していて、私は性的な諸々が怖いというか気持ち悪いというかそれらをかなり嫌悪している部分があって、生々しい話をすれば恋人とセッ〇スをするたび最低一回は「こんな犬みたいな…信じらんない…人間としての矜持はどこにやったんじゃい我々はァ!理性!!」と心の中で嘆くレベルで性的な諸々が気持ち悪くて、だから性的な含みを伴う身体的接触にいい加減何とも言えない気持ちになる時がある。無論、恋人間の身体的なコミュニケートがとっても重要というのは承知しているし、実感をもしているのだが、偶にちょっと疲れるというかちょっとうんざりというかなんというか。な?

だが、ところがどっこい。女友達とは性的な含み一切なしで手を繋ぎ放題だしハグもし放題だし酔っぱらっておっぱい突っつきあったりしちゃってもさ、それでも性的な含みはそこに全く見出せなくて、純粋なイチャイチャというか純粋な身体的接触で、もう…なんなの…最高じゃねえの!っていうアレですよ。性的な含みなどない純粋な身体の接触によるコミュニケートという救いがそこにはあるのだ。私は実は人並みには甘えたがりで出来ることならベタベタ他人に引っ付きまくりたい人間なんだけれど、オラ、分かりやすいギャップやぞ、萌えてみいや、オラ!まあそれはさておき、性的な含みとか無視して単純にベタベタ引っ付くのって私は女の子にしか出来ない訳じゃないですかー。だから私にとって女の子は本当に尊くて、救いで、キラキラで、感謝していて、大好きで大好きで大好きで、ほんとにほんとにほんとに大事にしたい。本当にこの世界に女の子がいてよかった。世界最高。女の子がいなかったら、鳴かぬ蛍が身を焦がすところだった。(?)

 

でも、この土地にはそんな事を許してくれる女の子はいない。

この土地で私にできるのは、学部時代の純粋な身体的接触を反芻する事だけだった。あの繁華街であの子と手を繋いで歩いた事、あの居酒屋さんであの子に抱き着いた事、あの時あの子とハグしあった事、あの時、あの時、あの時、…とまあこんな感じで三年間やりくりしてきたんだけどね、あのーもうそろそろいい加減もう無理っすわって話で。反芻しすぎてなんかよー分からんレベルにまでなってきましたわっていう。あの。あのねー!女の子とピュワーにいちゃつきたいんですよおー!!!分かるー!?!?!?ああんやわやわ女の子!!やわい!!!最高!!!強い!!!すごい強い!!!やわいのすごい強い!!全国大会優勝!!!!強豪校!!!もうすごい!!つよすぎて宇宙が終わる位すごい!!!ビックバンの逆!!!宇宙の終焉が見える!!!アアーーーー!!!!!

 

 

というわけでとても寂しいので、小動物を飼いたくなっています。終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝すぎだよねっていう話

 

今日は合計17時間寝た。

 

ここ約1週間ほど、毎日5時間位しか眠れなかった。マジかよ困るぜもうちょっと寝たいぜと思っていたのだが、17時間て。極端すぎるだろ、人体。みたいな気持ちで、眠り過ぎてバラバラに解けそうになっているシナプスを何とかつなぎ合わせ、リハビリにブログでも書こうと「はてなブログ」と検索欄に打ち込んだら「ほてなブログ」と打ち込んでいた。はとほをふつう間違えるか?脳みそと身体が未だに上手く繋がってない。この五行の文章を書くのにもかなり苦労した。もう何か途中から打ち間違いの訂正するのもめんどくさくなってくるレベルで打ち間違いが多すぎたけど、何とか訂正しながら打ったのだ。さあ褒めろ。

 

 

昨日まで高校時代の友人のところに遊びに行っていた。会うのは約三年ぶりだったのだが、ブランクがなかったみたいにフツーに会ってフツーに会話を開始するのが心地よい。小中高の友人だった人間の中で連絡をとっているのは彼女だけなので、まあ当たり前か。なんというか、よっぽど気が合うとかじゃないと友人と一生サヨナラするのがデフォルトなのである。そもそも友人というのは期間限定の存在であるというのが基本で、逆に卒業後も連絡を取るというのが例外中の例外である。だから彼女と学部時代の友人達の存在が私の中では珍しいのである。彼女とは気が合うと思っているのだろう。少なくとも一方的には。

 

もっと書こうと思ってたんだけど、なんか脳みそがバラバラ過ぎるし打ち間違い多すぎて訂正するのにも疲れたので、もうやめる。寝すぎて疲れた。本末転倒ゥー!ではまた次回。

 

 

 

 

 

 

健全だなあっていう話

 

今日は早起きだった。

 

昨日もあまり眠れていないので今日はいっぱい寝るぞ!くゆくゆと眠るぞ!と思って0時半に寝たのだが、起きたのが5時過ぎだったので結局あまり眠れていない。どうなってんだ。学部時代は毎日10~12時間くらい寝てたってのに最近は10時間なんてめったに眠れない。ううむ、修論を書き終わってからの約1か月間ずっとこんな感じだ。いや、前が寝すぎだったから丁度良くなったんだけどもォ。睡眠という快感を失ってしまった感じがして、一抹の寂しさがある。

 

修論を書いていた約半年、生活は本気でマジでクソだった。人間らしい生活をしていなかった。毎日不規則にご飯を食べ、毎日ひと箱あるいはそれ以上の量の煙草を吸い、咳が止まらず、横腹が痛み始めた。最後のころはろくにご飯も食べず睡眠もきちんと取らず咳止めと鎮痛剤を飲みながら大量のカフェインを摂取し大量の煙草を吸い本や論文を確認し続けキーボードをたたき続けるという今考えると恐ろしい生活をしていた。そうなる前にもっと書いとけよっていうツッコミが天から降ってきたが、自分なりに真面目にコツコツ書いてて最後の方コレである。救いようがない。どう考えても身体に悪い。身体に悪すぎる。あの生活で確実に私の寿命は5年程縮まったと思う。肺もより黒くなった。訴訟。

それに比べて今の生活がそれだけ健全な事か。毎日一定量の睡眠を取り、きちんとご飯を食べ、勉強して、直接研究には関係のない分野の本も読んだりなんかしちゃったりして、煙草も毎日多くても5本程度しか吸わなくて、少しゲームをしたり絵を描いたり遊んだりして、風呂に入って寝る。なんだ、この素晴らしい生活。貴族か…貴族なのか…?なんて健全で健康的なんだろう。なんて優雅で贅沢なんだろう。最高かよ。口頭試問も無事終わり、D進の内定も一応出てからの約1週間。久々に手に入れた精神的にも肉体的にも穏やかな日々。ああ天気は晴れ。青空よ私を包め。冷たい空気が心地よい。太陽光は嫌いなので特に私を照らさなくてもよい。はあ~パライソじゃあパライソじゃあ。

 

とはいえ今後も必ず色々な意味でのゴートゥーヘルが待ち構えているのは分かり切っているので、つかの間の幸福なんだけど。でも幸福は期限があるからこそ美しく輝くって訳で、ほら女子高生だって3年間しか女子高生でいられないからこそ輝くっていう面があるじゃないですか、それと一緒ですよ。まあ今のうちに思う存分幸福を享受し、リア充しようとは思っている。自分の研究とそこまで関連しない本を読むって、普段できてなかったからなあ。

 

…という健全なブログを書いた。すごい健全だなあ、変態のへの字もない。ツイッターとは大違いだ。

 

 

 

 

 

 

めでたしめでたしっていう話

 

今日は昼間からアイリッシュコーヒーを飲んだ。

 

何を書こうかと思ったのだが、どれもこれも自分語りばっかりでくっそつまんねえな何だこのブログは!レーゾンデートル!!と怒りに満ち溢れ第一次ブログ存続危機を迎えたのだが、よく考えたらブログって公開日記なわけだしモロ自分語りする場じゃあんと気付き、第一次ブログ存続危機は終了を迎えた。

というわけで堂々と自分語りするぞ。何について書こうか、と思った時、最近ようやく完全に解決したことについて書いとこうと思った。テーマは和解と赦しだ。尊いなあ。

 

 

母との関係は十代前半からよくなかった。私が小さい頃はそんな事なかったのに、私が思春期になった途端、関係は急転した。彼女は「母親」というより「私の面倒を見てくれる宗教信者の人」と形容した方がしっくりくる人だった。何よりも誰よりも宗教を大事にしていて、何よりも誰よりも神を愛していると公言してやまない人だった。彼女にとって、私を愛するということは私をまともな宗教信者にするという事に等しかったわけだ。まあ今ならよく分かってあげられる図式で、つまり死んだあと地獄なんかに子供を行かせてたまるかという事である。うんうん分かる分かる。それに衣食住については本当に一生懸命お世話をしてくれていた。ご飯は美味しかったし、洗濯された服は洗剤のいい匂いがした。身体が非常に脆弱だった私は頻繁に寝込んでいたが、その度にちゃんとお世話もしてくれた。でも残念ながらそれは、当時の私が求めていた母の愛ではなかったのである。宗教なんて全く関係ないところにある筈の母の愛がただ欲しかった。だけれども、遂にそれを得ることはなかった。結局、彼女の愛は母親の愛ではなく、宗教信者としての彼女の愛だった。彼女の目は私を透かして常に神に向いていた。

彼女は「彼女の思い描く私」しか受け入れるキャパシティがない人で、私が反抗期の時は、精神の発育にかなり悪いよなあ…と思われる色々な事を私にした。私は本当に彼女が怖かった。私にとっての神は神ではなく、母だった。一挙一動が本気で恐ろしかった。今思えば、精神的に完全に支配されていた。十代最後の頃なんてもう彼女への愛憎が入り混じり過ぎて精神が少しアレだった。一言で言ってしまえば病みかけていた。というか病んでた。「良い娘でないとお母さんに捨てられる」という強迫観念と、母親に愛されたい愛されたい愛されたいというメンヘラめいた感情と、どうして少しでも私がずれたら頭ごなしにヒステリックに罵倒して否定するのかという怒りと、母親をアレしないと(ヤバいのでぼかす)私はいつまでたっても自由になれないからアレしなくてはという止まらぬ妄想と、それらを考えたところで何も解決しないので馬鹿らしいという思考に毎晩苛まれ、不眠症になって絶望の果てといった感じだった。やばかった。いやはや怖いなあ。

 

 

で、そんな病みが生きる上でいい加減じゃま臭くてムカつくので、そこから脱却しようと決意した20代前半の私は彼女を母親と思うのを止めた。つまり彼女を母親だと思うから「私を愛してくれるはずの母親なのに、何で私にあれやこれやばっかりしたの!?」と思ってしまうわけで、「赤の他人なのに何故かめっちゃ面倒見てくれる人」だと思えば自然と上手くいくのでは?という自分で考えついた試みだった。これは実際非常に上手くいった。赤の他人だと思えば、特別愛してくれないのは別に当たり前だし、寧ろ何か赤の他人なのに面倒見てくれてありがとうございますゥ!みたいな気持ちになっていった。やったぜやったぜといった感じだ。ただ、目の前に言葉上では「お母さん」と呼ぶ存在がいるのに、私には母親がいないと思う事に一抹の哀しさがあったのは確かだ。だが、そう思わないと真っ当に生きていけなかったのだ。それに、母親を母親と思わずに五年ほど生きてきたおかげで、冷静に色々と考えることが出来るようになっていった。(あと彼女自身と彼女の家族の過去について色々と知ったというのも関係があるだろう。これについて特に詳しく書くつもりはないが、ただ連鎖というものが恐ろしかった。私はどうにかしなくてはという危機意識が考えを進ませた部分もある。)

 

彼女が私にちょっとアレなやばい諸々の事をしてしまったという事は変わらないし、それによって致命的に歪んでしまった部分が私にあるのはまあ事実と言っても差し支えないだろう。そういう意味で、彼女が基本的には悪いというのはその通りだとは思う。

だが、私も彼女に過剰な期待を寄せ過ぎていたのではないかとも思うようになった。思うに、私は母親という言葉に理想と期待を持ち過ぎていたようだ。十代の頃は「母親だったら、私を愛してくれる筈なのに」とか「母親だったら、何の形容詞も付いていない私を受け入れてくれる筈なのに」とか、そう思って勝手に苦しんでいた。だが、彼女は母親という役割を持つ前にただの一人の人間である。母親という役割を持っただけのただの一人の人間に、私は自分の勝手な高い理想を押し付けていただけなのかもしれないと思った。結局、母親ったって所詮は他者である。私ではない他人である。もう自分の勝手な理想を押し付けるのをやめて、一人の人間としての彼女と付き合っていこうと思ったわけだ。宗教が一番大事だというのも彼女の個性だし、それを責める権利なんて誰にもないと思ったし、それを受け入れたうえで上手く付き合っていこうという訳である。

それに、確かに私の欲しかった母の愛を彼女はくれなかったけれど、違う形の彼女なりの愛をくれていたのは確かだと思った。そもそも自分の欲しい形ピッタシの愛なんて誰からも絶対に貰えない訳だし。彼女なりに私を大事に思って、例えそれがアレなやばい形で現れたとしても、彼女なりに必死に私を愛してくれていたという事だけは認めようと思った。私が彼女に愛されているという事はおそらく事実だ。その内実に関しては沈黙を貫くとしても、彼女が私を愛しているという図式は確実にそこに在るのだ。その図式だけには感謝しようと思った。

 

五年間の母親を母親と思わない期間、彼女が他者であると強く意識することで彼女への様々な負の感情はかなり薄くなった。恐怖におののいたり憎悪しすぎて眠れなくなることなんか全くなくなったし、別段愛されたいとすら思わなくなった。ただし、憎悪に関してだけは彼女を他人と思っている限りでの話だった。彼女への恐怖や愛への渇望はすっかり消え去ったのだけれど、脳みその隅っこで「彼女は私の母親だ」と少しでも思った途端、憎悪だけは際限なく湧き出してきた。だから、「まだ完全に赦せないかあ、そうかあ~」と思って、彼女を母親と思う事をやめていた。時間が薬だぜ!知るか―!いぇーい!とめちゃんこテキトーに放置してた訳である。ついこの間、一か月前ほどまではであるが。

 

ただ、この前、唐突に「あ、遂にこの人を完全に赦せる時が来たのだ」と思ったのだ。一か月ほど前、色々あって正月からは少しずれたのだけれど、実家に帰省した。実家に到着したその夜、彼女の手をちらりと見た時、「あ、この人はきっともう少しで死んでしまうのだ」だと分かった。彼女の手は老女のそれだった。小さい頃に見た祖母の手そのものだった。彼女はもういつ死んだっておかしくはない年齢なのだと思った瞬間、何故か赦そうと思えた。脳内の彼女への憎悪も何もかもが、全て溶けてなくなっていった。そして五年ぶりに彼女の事を「お母さん」と心の底から本心から呼んだ。この人は確かに私のお母さんだと、はっきり思った。そうはっきり思っても、もう憎悪が溢れ出てくる事はなかった。その時、10年以上に渡る面倒くさいアレコレに遂に終止符が打たれたのだと分かった。そしてお母さんにさよならが言えて、自分の人生みたいなものを手に取れた気がした。あー感動的だなあ。映画化決定だなあ。とちゃかして書いてみるが、その晩はもうどうしようもなくなって、流石に布団の中で泣いた。その瞬間を思い出すだけで涙が出てくるくらい、なんか今でもどうしようもないのだ。

 

何で唐突に赦そうと思えたのかについて、(1)年寄りに恨みを持ち続けるのは可哀想だと思ったから(2)この人はもうすぐ死ぬけど私は元気!ざまあ!と思ったから(3)そうだなあみんな結局死ぬんだよな、もうどーでもいいわ全てが。と思ったから(4)この人いつ死ぬか分かんないから、今のうちに勝手に和解をしていつ死んでも後悔のないようにしとこうと思ったから(5)天啓(6)ほんとにただの気分だった…等と様々な仮定を考えてみたのだが、どれもしっくり来ない。強いて言うなら(1)と(4)が部分的にほんのちょっと当てはまるのかもしれないけれど、あの時の胸を去来した何とも言えない想いだけはどうも言語化できない。漠然とモヤモヤしすぎていて掴めないのに、色々なものがギュウギュウに詰まっていて、よく分からない。けれど、悪いものではないという事だけは分かる。

 

 

 

かなり長くなったけど、とにかく言語化して吐き出しておきたかった話だったので、とりあえず書いておく。恥ずかしくなったら消すかもしれないけれど、まあ…うん。でも一応はめでたしめでたしで幸せなお話なのではないかしらね。