これは私ですか?(2期)

私ではないだろうか

寂しいよねっていう話

 

 

今日は寝不足で頭がずっとぼんやりしていた。

 

あ、これブログに書こうかな、と思う事がある。大体道を一人で(一緒に歩いてくれる人もこの土地にはいない)ボヘッと考え事をしながら歩いている時である。ボヘッと考え事をしながら歩くものだからよくこける。とても恥ずかしい。脚はあざだらけだ。で、ブログに書こうと思って、それで満足して内容忘れるわけである。大体このブログにはどーでもいい事ばっかり書いてるから、仕方ない。忘れる程度の話題だったというだけだ。で、しばらく放置していた。

というか、このブログってツイッターにて変態的な事を呟く回数を減らすために始めた…気がしないでもない。しかし結局、やれ人妻はエロいだやれセクシー下着だとツイッターで変態的な事ばかり呟き、こちらは何かほんと些末な自分語りに留まっている。でもだからブログやめようとも思ってなくて、不定期に自分語りの長文書くのも脳みそがすっきりするじゃなーい程度に考えている。ブログって日記なんだし、見てる人も殆どいないだろうし、まあテキトーにといった感じだ。

 

で、最近いい加減寂しいんだけど、という話なんだが。

この土地に来て三年が経つ。三年も一人暮らしするのって実は初めてで、学部時代は途中から恋人と同棲していたので、実はこんなに一人というのは初体験である。ずっと二人でいるというのも最後の方はいい加減一人になりたくてなかなか大変だったのだが、まあ当たり前のように寂しくはなかった。友人(あるいは友人っぽい人)も男女問わず沢山いたし、あの頃はかなりのリア充だったと思う。 

こちらの土地には女性の友人がいない。研究室の人とは多分上手くやっていて、多分程度の差はあれみんなと仲が良いと思っているのだけれど、わざわざ研究室の外で待ち合わせて会って話したりご飯食べたりするっていうレベルではない。それに大体が男の人で、まあだからなんだって訳でもないんだけど、今の私は女性のお友達が欲しいのである。私は女性といちゃつきたくていちゃつきたくて、これはもうどうしようもない。仕方ない事である。この渇きは女性にしか癒してもらえない種類の奴なのだ。恋人にしか癒してもらえない部分は、私にどこまでも甘い恋人に存分に癒してもらっている。ありがたいなあ。そして男性の友人やお知り合いに癒してもらえる部分は、リアルとツイッターで癒してもらっている。これもまたありがたい事だ。日々感謝してるのよ。でも、女性の友人にしか癒してもらえない部分が、カッピカピなのである。

女性の友人の何がよいか。何が特別か。それは性的な含みとかそんなん基本的には全く考えなくてもよい身体の接触が可能という点だ。ヘテロセクシュアルを念頭に置けば、男女間の(肩を叩く程度ではない)ある程度しっかりした身体的接触というのは、お互いそういうつもりがなくても、どこかに必ず性的な含みを生じさせてしまう気がする。まあそもそも男の人の身体に触ってもなんも楽しくないという私の思想もあるんだけど、友人間に性的な含みとかいう邪魔臭いのは全くもって要らない訳で、だから男性の友人とは身体の接触というのはありえないし、したくもないわけである。

勿論恋人との身体的接触にも性的な含みは当たり前のように存在していて、私は性的な諸々が怖いというか気持ち悪いというかそれらをかなり嫌悪している部分があって、生々しい話をすれば恋人とセッ〇スをするたび最低一回は「こんな犬みたいな…信じらんない…人間としての矜持はどこにやったんじゃい我々はァ!理性!!」と心の中で嘆くレベルで性的な諸々が気持ち悪くて、だから性的な含みを伴う身体的接触にいい加減何とも言えない気持ちになる時がある。無論、恋人間の身体的なコミュニケートがとっても重要というのは承知しているし、実感をもしているのだが、偶にちょっと疲れるというかちょっとうんざりというかなんというか。な?

だが、ところがどっこい。女友達とは性的な含み一切なしで手を繋ぎ放題だしハグもし放題だし酔っぱらっておっぱい突っつきあったりしちゃってもさ、それでも性的な含みはそこに全く見出せなくて、純粋なイチャイチャというか純粋な身体的接触で、もう…なんなの…最高じゃねえの!っていうアレですよ。性的な含みなどない純粋な身体の接触によるコミュニケートという救いがそこにはあるのだ。私は実は人並みには甘えたがりで出来ることならベタベタ他人に引っ付きまくりたい人間なんだけれど、オラ、分かりやすいギャップやぞ、萌えてみいや、オラ!まあそれはさておき、性的な含みとか無視して単純にベタベタ引っ付くのって私は女の子にしか出来ない訳じゃないですかー。だから私にとって女の子は本当に尊くて、救いで、キラキラで、感謝していて、大好きで大好きで大好きで、ほんとにほんとにほんとに大事にしたい。本当にこの世界に女の子がいてよかった。世界最高。女の子がいなかったら、鳴かぬ蛍が身を焦がすところだった。(?)

 

でも、この土地にはそんな事を許してくれる女の子はいない。

この土地で私にできるのは、学部時代の純粋な身体的接触を反芻する事だけだった。あの繁華街であの子と手を繋いで歩いた事、あの居酒屋さんであの子に抱き着いた事、あの時あの子とハグしあった事、あの時、あの時、あの時、…とまあこんな感じで三年間やりくりしてきたんだけどね、あのーもうそろそろいい加減もう無理っすわって話で。反芻しすぎてなんかよー分からんレベルにまでなってきましたわっていう。あの。あのねー!女の子とピュワーにいちゃつきたいんですよおー!!!分かるー!?!?!?ああんやわやわ女の子!!やわい!!!最高!!!強い!!!すごい強い!!!やわいのすごい強い!!全国大会優勝!!!!強豪校!!!もうすごい!!つよすぎて宇宙が終わる位すごい!!!ビックバンの逆!!!宇宙の終焉が見える!!!アアーーーー!!!!!

 

 

というわけでとても寂しいので、小動物を飼いたくなっています。終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝すぎだよねっていう話

 

今日は合計17時間寝た。

 

ここ約1週間ほど、毎日5時間位しか眠れなかった。マジかよ困るぜもうちょっと寝たいぜと思っていたのだが、17時間て。極端すぎるだろ、人体。みたいな気持ちで、眠り過ぎてバラバラに解けそうになっているシナプスを何とかつなぎ合わせ、リハビリにブログでも書こうと「はてなブログ」と検索欄に打ち込んだら「ほてなブログ」と打ち込んでいた。はとほをふつう間違えるか?脳みそと身体が未だに上手く繋がってない。この五行の文章を書くのにもかなり苦労した。もう何か途中から打ち間違いの訂正するのもめんどくさくなってくるレベルで打ち間違いが多すぎたけど、何とか訂正しながら打ったのだ。さあ褒めろ。

 

 

昨日まで高校時代の友人のところに遊びに行っていた。会うのは約三年ぶりだったのだが、ブランクがなかったみたいにフツーに会ってフツーに会話を開始するのが心地よい。小中高の友人だった人間の中で連絡をとっているのは彼女だけなので、まあ当たり前か。なんというか、よっぽど気が合うとかじゃないと友人と一生サヨナラするのがデフォルトなのである。そもそも友人というのは期間限定の存在であるというのが基本で、逆に卒業後も連絡を取るというのが例外中の例外である。だから彼女と学部時代の友人達の存在が私の中では珍しいのである。彼女とは気が合うと思っているのだろう。少なくとも一方的には。

 

もっと書こうと思ってたんだけど、なんか脳みそがバラバラ過ぎるし打ち間違い多すぎて訂正するのにも疲れたので、もうやめる。寝すぎて疲れた。本末転倒ゥー!ではまた次回。

 

 

 

 

 

 

健全だなあっていう話

 

今日は早起きだった。

 

昨日もあまり眠れていないので今日はいっぱい寝るぞ!くゆくゆと眠るぞ!と思って0時半に寝たのだが、起きたのが5時過ぎだったので結局あまり眠れていない。どうなってんだ。学部時代は毎日10~12時間くらい寝てたってのに最近は10時間なんてめったに眠れない。ううむ、修論を書き終わってからの約1か月間ずっとこんな感じだ。いや、前が寝すぎだったから丁度良くなったんだけどもォ。睡眠という快感を失ってしまった感じがして、一抹の寂しさがある。

 

修論を書いていた約半年、生活は本気でマジでクソだった。人間らしい生活をしていなかった。毎日不規則にご飯を食べ、毎日ひと箱あるいはそれ以上の量の煙草を吸い、咳が止まらず、横腹が痛み始めた。最後のころはろくにご飯も食べず睡眠もきちんと取らず咳止めと鎮痛剤を飲みながら大量のカフェインを摂取し大量の煙草を吸い本や論文を確認し続けキーボードをたたき続けるという今考えると恐ろしい生活をしていた。そうなる前にもっと書いとけよっていうツッコミが天から降ってきたが、自分なりに真面目にコツコツ書いてて最後の方コレである。救いようがない。どう考えても身体に悪い。身体に悪すぎる。あの生活で確実に私の寿命は5年程縮まったと思う。肺もより黒くなった。訴訟。

それに比べて今の生活がそれだけ健全な事か。毎日一定量の睡眠を取り、きちんとご飯を食べ、勉強して、直接研究には関係のない分野の本も読んだりなんかしちゃったりして、煙草も毎日多くても5本程度しか吸わなくて、少しゲームをしたり絵を描いたり遊んだりして、風呂に入って寝る。なんだ、この素晴らしい生活。貴族か…貴族なのか…?なんて健全で健康的なんだろう。なんて優雅で贅沢なんだろう。最高かよ。口頭試問も無事終わり、D進の内定も一応出てからの約1週間。久々に手に入れた精神的にも肉体的にも穏やかな日々。ああ天気は晴れ。青空よ私を包め。冷たい空気が心地よい。太陽光は嫌いなので特に私を照らさなくてもよい。はあ~パライソじゃあパライソじゃあ。

 

とはいえ今後も必ず色々な意味でのゴートゥーヘルが待ち構えているのは分かり切っているので、つかの間の幸福なんだけど。でも幸福は期限があるからこそ美しく輝くって訳で、ほら女子高生だって3年間しか女子高生でいられないからこそ輝くっていう面があるじゃないですか、それと一緒ですよ。まあ今のうちに思う存分幸福を享受し、リア充しようとは思っている。自分の研究とそこまで関連しない本を読むって、普段できてなかったからなあ。

 

…という健全なブログを書いた。すごい健全だなあ、変態のへの字もない。ツイッターとは大違いだ。

 

 

 

 

 

 

めでたしめでたしっていう話

 

今日は昼間からアイリッシュコーヒーを飲んだ。

 

何を書こうかと思ったのだが、どれもこれも自分語りばっかりでくっそつまんねえな何だこのブログは!レーゾンデートル!!と怒りに満ち溢れ第一次ブログ存続危機を迎えたのだが、よく考えたらブログって公開日記なわけだしモロ自分語りする場じゃあんと気付き、第一次ブログ存続危機は終了を迎えた。

というわけで堂々と自分語りするぞ。何について書こうか、と思った時、最近ようやく完全に解決したことについて書いとこうと思った。テーマは和解と赦しだ。尊いなあ。

 

 

母との関係は十代前半からよくなかった。私が小さい頃はそんな事なかったのに、私が思春期になった途端、関係は急転した。彼女は「母親」というより「私の面倒を見てくれる宗教信者の人」と形容した方がしっくりくる人だった。何よりも誰よりも宗教を大事にしていて、何よりも誰よりも神を愛していると公言してやまない人だった。彼女にとって、私を愛するということは私をまともな宗教信者にするという事に等しかったわけだ。まあ今ならよく分かってあげられる図式で、つまり死んだあと地獄なんかに子供を行かせてたまるかという事である。うんうん分かる分かる。それに衣食住については本当に一生懸命お世話をしてくれていた。ご飯は美味しかったし、洗濯された服は洗剤のいい匂いがした。身体が非常に脆弱だった私は頻繁に寝込んでいたが、その度にちゃんとお世話もしてくれた。でも残念ながらそれは、当時の私が求めていた母の愛ではなかったのである。宗教なんて全く関係ないところにある筈の母の愛がただ欲しかった。だけれども、遂にそれを得ることはなかった。結局、彼女の愛は母親の愛ではなく、宗教信者としての彼女の愛だった。彼女の目は私を透かして常に神に向いていた。

彼女は「彼女の思い描く私」しか受け入れるキャパシティがない人で、私が反抗期の時は、精神の発育にかなり悪いよなあ…と思われる色々な事を私にした。私は本当に彼女が怖かった。私にとっての神は神ではなく、母だった。一挙一動が本気で恐ろしかった。今思えば、精神的に完全に支配されていた。十代最後の頃なんてもう彼女への愛憎が入り混じり過ぎて精神が少しアレだった。一言で言ってしまえば病みかけていた。というか病んでた。「良い娘でないとお母さんに捨てられる」という強迫観念と、母親に愛されたい愛されたい愛されたいというメンヘラめいた感情と、どうして少しでも私がずれたら頭ごなしにヒステリックに罵倒して否定するのかという怒りと、母親をアレしないと(ヤバいのでぼかす)私はいつまでたっても自由になれないからアレしなくてはという止まらぬ妄想と、それらを考えたところで何も解決しないので馬鹿らしいという思考に毎晩苛まれ、不眠症になって絶望の果てといった感じだった。やばかった。いやはや怖いなあ。

 

 

で、そんな病みが生きる上でいい加減じゃま臭くてムカつくので、そこから脱却しようと決意した20代前半の私は彼女を母親と思うのを止めた。つまり彼女を母親だと思うから「私を愛してくれるはずの母親なのに、何で私にあれやこれやばっかりしたの!?」と思ってしまうわけで、「赤の他人なのに何故かめっちゃ面倒見てくれる人」だと思えば自然と上手くいくのでは?という自分で考えついた試みだった。これは実際非常に上手くいった。赤の他人だと思えば、特別愛してくれないのは別に当たり前だし、寧ろ何か赤の他人なのに面倒見てくれてありがとうございますゥ!みたいな気持ちになっていった。やったぜやったぜといった感じだ。ただ、目の前に言葉上では「お母さん」と呼ぶ存在がいるのに、私には母親がいないと思う事に一抹の哀しさがあったのは確かだ。だが、そう思わないと真っ当に生きていけなかったのだ。それに、母親を母親と思わずに五年ほど生きてきたおかげで、冷静に色々と考えることが出来るようになっていった。(あと彼女自身と彼女の家族の過去について色々と知ったというのも関係があるだろう。これについて特に詳しく書くつもりはないが、ただ連鎖というものが恐ろしかった。私はどうにかしなくてはという危機意識が考えを進ませた部分もある。)

 

彼女が私にちょっとアレなやばい諸々の事をしてしまったという事は変わらないし、それによって致命的に歪んでしまった部分が私にあるのはまあ事実と言っても差し支えないだろう。そういう意味で、彼女が基本的には悪いというのはその通りだとは思う。

だが、私も彼女に過剰な期待を寄せ過ぎていたのではないかとも思うようになった。思うに、私は母親という言葉に理想と期待を持ち過ぎていたようだ。十代の頃は「母親だったら、私を愛してくれる筈なのに」とか「母親だったら、何の形容詞も付いていない私を受け入れてくれる筈なのに」とか、そう思って勝手に苦しんでいた。だが、彼女は母親という役割を持つ前にただの一人の人間である。母親という役割を持っただけのただの一人の人間に、私は自分の勝手な高い理想を押し付けていただけなのかもしれないと思った。結局、母親ったって所詮は他者である。私ではない他人である。もう自分の勝手な理想を押し付けるのをやめて、一人の人間としての彼女と付き合っていこうと思ったわけだ。宗教が一番大事だというのも彼女の個性だし、それを責める権利なんて誰にもないと思ったし、それを受け入れたうえで上手く付き合っていこうという訳である。

それに、確かに私の欲しかった母の愛を彼女はくれなかったけれど、違う形の彼女なりの愛をくれていたのは確かだと思った。そもそも自分の欲しい形ピッタシの愛なんて誰からも絶対に貰えない訳だし。彼女なりに私を大事に思って、例えそれがアレなやばい形で現れたとしても、彼女なりに必死に私を愛してくれていたという事だけは認めようと思った。私が彼女に愛されているという事はおそらく事実だ。その内実に関しては沈黙を貫くとしても、彼女が私を愛しているという図式は確実にそこに在るのだ。その図式だけには感謝しようと思った。

 

五年間の母親を母親と思わない期間、彼女が他者であると強く意識することで彼女への様々な負の感情はかなり薄くなった。恐怖におののいたり憎悪しすぎて眠れなくなることなんか全くなくなったし、別段愛されたいとすら思わなくなった。ただし、憎悪に関してだけは彼女を他人と思っている限りでの話だった。彼女への恐怖や愛への渇望はすっかり消え去ったのだけれど、脳みその隅っこで「彼女は私の母親だ」と少しでも思った途端、憎悪だけは際限なく湧き出してきた。だから、「まだ完全に赦せないかあ、そうかあ~」と思って、彼女を母親と思う事をやめていた。時間が薬だぜ!知るか―!いぇーい!とめちゃんこテキトーに放置してた訳である。ついこの間、一か月前ほどまではであるが。

 

ただ、この前、唐突に「あ、遂にこの人を完全に赦せる時が来たのだ」と思ったのだ。一か月ほど前、色々あって正月からは少しずれたのだけれど、実家に帰省した。実家に到着したその夜、彼女の手をちらりと見た時、「あ、この人はきっともう少しで死んでしまうのだ」だと分かった。彼女の手は老女のそれだった。小さい頃に見た祖母の手そのものだった。彼女はもういつ死んだっておかしくはない年齢なのだと思った瞬間、何故か赦そうと思えた。脳内の彼女への憎悪も何もかもが、全て溶けてなくなっていった。そして五年ぶりに彼女の事を「お母さん」と心の底から本心から呼んだ。この人は確かに私のお母さんだと、はっきり思った。そうはっきり思っても、もう憎悪が溢れ出てくる事はなかった。その時、10年以上に渡る面倒くさいアレコレに遂に終止符が打たれたのだと分かった。そしてお母さんにさよならが言えて、自分の人生みたいなものを手に取れた気がした。あー感動的だなあ。映画化決定だなあ。とちゃかして書いてみるが、その晩はもうどうしようもなくなって、流石に布団の中で泣いた。その瞬間を思い出すだけで涙が出てくるくらい、なんか今でもどうしようもないのだ。

 

何で唐突に赦そうと思えたのかについて、(1)年寄りに恨みを持ち続けるのは可哀想だと思ったから(2)この人はもうすぐ死ぬけど私は元気!ざまあ!と思ったから(3)そうだなあみんな結局死ぬんだよな、もうどーでもいいわ全てが。と思ったから(4)この人いつ死ぬか分かんないから、今のうちに勝手に和解をしていつ死んでも後悔のないようにしとこうと思ったから(5)天啓(6)ほんとにただの気分だった…等と様々な仮定を考えてみたのだが、どれもしっくり来ない。強いて言うなら(1)と(4)が部分的にほんのちょっと当てはまるのかもしれないけれど、あの時の胸を去来した何とも言えない想いだけはどうも言語化できない。漠然とモヤモヤしすぎていて掴めないのに、色々なものがギュウギュウに詰まっていて、よく分からない。けれど、悪いものではないという事だけは分かる。

 

 

 

かなり長くなったけど、とにかく言語化して吐き出しておきたかった話だったので、とりあえず書いておく。恥ずかしくなったら消すかもしれないけれど、まあ…うん。でも一応はめでたしめでたしで幸せなお話なのではないかしらね。

 

 

 

 

 

かっこいいよねっていう話

 

今日は今までの戦いに一旦区切り(仮)が付いた日だった。

 

まあそれはさておき、私はアクアフレッシュを偏愛している。

アクアフレッシュ。

あの赤と青と白のストライプの歯磨き粉。アクアフレッシュとの出会いは私が幼稚園児の時だ。親の仕事の都合で少しだけ欧州に住んでいた時、私は初めてアクアフレッシュと出会った。それまで白い歯磨き粉しか知らなかった私は、三色ストライプの歯磨き粉に凄まじい感動を得た。「こ、これが海外のオシャンティーな歯磨き粉…!」と子供ながらにカルチャーショックを受けた。色が白だけじゃない…?何か知らんけどチューブの中に三色混じらずに入っとる。どういう事やこれはどうなっとんのや。と考えたかまでは流石に覚えていないが、三つ子の魂百まで、どうせ幼稚園児の私もこんな事を考えたに違いない。そして「海外=何か取りあえずスゲーかっこいい」という幼い私の脳内方程式により、アクアフレッシュはかっこいい歯磨き粉にカテゴライズされた。それきりアクアフレッシュは私にとってモスト・かっこいい歯磨き粉なのである。

日本でもアクアフレッシュが売られていると気付いたのは、小学生の時だったと思う。アクアフレッシュが日本でも売られてるだとぅ!?お父さんお母さんアクアフレッシュだよ買おうよかっこいいよといくら提案しても、親はアクアフレッシュは少し高いという理由で買ってはくれない。それに我が家はお小遣い制ではなかったのでアクアフレッシュを買うお金もない。大学に進学するまで私は単一色の歯磨き粉を真顔で使い続けた。

で、大学に進学した訳である。一人暮らしが始まる時、最初に買った歯磨き粉は勿論アクアフレッシュ。アクアフレッシュとの蜜月。アクアフレッシュ最高かよ…ストライプがある…ストライプが…歯磨き粉にストライプが…オイ…最高じゃねえか…どうなってんだ全く…オイオイオイ…すげえなオイ…。迫りくるボキャブラリーの貧困!日本の若者よどうなる!?みたいな表現で申し訳ないのだが、これ以上の表現は出来ない。この表現が当時の心持ちを本当に的確に表現しているからだ。

 

だが、そんなアクアフレッシュとの蜜月は長くは続かなかった。第三者の介入が起こったからである。例えば兄弟、例えば友人、例えば恋人、何でもよい、とにかく第三者の介入で私とアクアフレッシュの蜜月は儚く終わりを告げるのである。どゆことって、第三者は、なるべく内部のストライプ柄を崩さないようにチューブを端っこからそっと押してた私の苦労を容易く葬り去りやがるのだ。つまり、チューブの端から丁寧に押すのではなく、無造作にチューブのど真ん中に指を押し付け、歯磨き粉を押し出すのだ。もうアレをやられたらダメ。アレをやられたら終わり。ジ・エンド。アウト。最後の審判起こるでしかし。天使が終わりのラッパ吹くで。いやさ、あのねー、あれやられたらさあ、ストライプがさぁ、なくなるの!分かる!?中で歯磨き粉が混ざるわけ!結果何かよく分かんない色になっちゃうわけ!アクアフレッシュの何が良いってあの素敵ストライプだろ!トリコロールなストライプが最高なんだろ!?それを失くすってほんと何を考えてんのかマジで分かんないし普通ちょっと考えたら分かるだろふざけてんのかいい加減にしろ!!とは第三者に言う事は出来ない勇気の徳なきわたしであるので、黙って既に損なわれてしまったアクアフレッシュを見つめるしか出来ない。凄まじい哀しさと怒りとストレスが生じる。アレほんと人道に反する罪だわ…何なのほんとに…アクアフレッシュ…好きだ…マジで好きだ…結婚してくれ…一緒に四畳半に住もう…一緒に銭湯に行って私が出てくるのを待っていてすっかり冷えたアクアフレッシュの肩を抱きたい…アクアフレッシュの華奢に見えて実は豊満なナイスバデーな身体を…こう…グッと…押したら…アクアフレッシュの中身がアークアフレーーーーエイシュ。エイシャア。なんかもう疲れたので寝ます。

 

 

 

 

 

 

 

苦手だっていう話

 

今日はブログを書こうと思った。

 

二日連続でブログを書くとは中々殊勝だ、私。こんな事では誰も褒めてくれないので自画自賛をしておく。ご褒美に今さっき発見したアイスクリームでも食べようと思う。周囲の人間が誰も私を褒めてくれないので、いつの間にか下らない事でも自画自賛する癖がついてしまった。これは私の周囲が私を褒めてくれないのが悪い。私は悪くない、悪くないのよ!サイコパスとか気持ち悪いとか言われるけれど、私は清廉潔白ピュワー人間なのよ!社会が悪いのよ!ギャース!

こんな感じで適当に社会に責任を擦り付けておく。私ごときに責任を擦り付けられる社会には同情を禁じ得ない。許せ、社会。

 

昼過ぎにチャイムの音で起きた。チャイムって本当に嫌だ今日は不吉な日だと思いつつ寝巻のままで応対した。訪問者には失礼だが待たせる方がもっと失礼だろうし、などと誰にという訳でもなく言い訳をしつつ、「すみませへん」と言いながらドアを開けた。その途端、宅急便の配達員に実家から届いた段ボール箱を手渡された。は、そういえば親からの電話で今日届くように荷物を送ると言われていたのだ。すっかり忘却の彼方に置き去りにしていた。よろしくない。とりあえず親に「荷物届いたよありがとう」とメールを送る。どうだ、殊勝な子供だろう。ドヤァドヤァ。だが何故か段ボールを開ける気にならなかったので、そのまま放置した。

チャイムと電話の着信音がどうも苦手だ。勿論それらが決定的に苦手になった出来事がそれぞれにあるのだが、それらの出来事が起こる前からやっぱり苦手だった。つまり、産まれた時から根がコミュ障である私にとって嫌な音っていうだけなんだけど、とにかくどちらも私にとって不吉で不快で恐ろしい音なのである。早くそういう応対とかやってくれるアンドロイド出来ねえかな、見た目が16歳の美少女だったら尚良しだよな等と考えつつ送られてきた段ボールを茫漠と見ていたら、いつの間にか結構時間がたっていた。

 

起き抜けにその不吉さが予言された今日は、予言に反して普通だった。

 

 

 

知るかよっていう話

 

 

今日はブログを始めた。

何で始めたのかなーなどと思う訳だが、知らねーよという解答が脳みそのシナプスから跳ね返ってくるので、分からないというのが現時点での正直なところである。一般的な表現で言えば気分だよねっていうかノリだよねオライオライ人生ヒャッハーみたいな。

 

遠い昔、知るかよって感じだろうけど実はブログを書いていた。だが結局記事(でいいのだろうか?)を5つくらい書いたら、書きたいことが潰えた。そして更新も同時に潰えた。ブログへの熱意はその程度だ。あと去年日記帳を買ったのだが、買ったその日に日記を書いて、その半年後位に1日分だけ書いたら1年が終わっていた。お金を無駄に使って得た教訓は「私は日記のようなものを書くのが苦手なのだ」という小学生の時には既に分かっていたものだった。なんなんだよほんとに。怒るぞ。往々にして貨幣の無駄遣いをし続けそしてそれにより得る教訓は、「前から知っとるわそんなこと!」みたいなものばかりの人生である。は?ほんとなんなの。マジでブチ切れそうなんだけど。どうしてくれんの自分。

自己への非常に下らない怒りは踊って発散するので置いておく。何が言いたかったというと、本ブログは、この記事を書いて終了です!あばよこの野郎好きだ結婚してくれ!という末路を辿る可能性が高いという言い訳をしたかった。そもそもこのブログを読んでくださるような人間が果たして存在するのかという謎はあるのだが、一応の言い訳を書いておく。

 

今まで私のSNS生息地はツイッターのみであった。大体いつもツイッターで低レベルのポケモンみたいに鳴き声ばかり上げていたり、美少女が大好きだとか美少女に関する妄想だとかそういう愚にも付かないツイートばかりしている。いやむしろ人間に対して百害あって一利なしみたいな変態的ツイートばかりしている。誠に申し訳ございませェェェん!と叫びながらジャンピング土下座をしないと許されない気がするが、フォロワー諸氏の優しさに甘えて謝るどころか調子に乗って変態的ツイートをし続けている。

ツイッターは当たり前ながら140字限定である。だからこそ、そういうヤバいツイート群を大量に連続ツイートしないと私の脳みその中を出し尽くせないという訳で、他者にとって自分は迷惑な存在なのではないかと思っていた。ははあ、ボケーッと文章を書いていたら何故ブログを始めようと思ったのか多少クリアになった気がする。変態的大量ツイートを行う事に罪悪感があったのか。なるほど。だから大量に文章を書けるブログと言う媒体を使おうと思ったのかもしれない。へえ。まあ本当の所は自分のことながら知らんけど、丁度いいブログを開始する理由付けにはなっているのではないだろうか。

 

とはいったものの、恐らくそこまで変態的な内容のブログを書く事は(少なくとも暫くは)ない気はする。ツイッターでのツイートよりもブログ記事の方が私のことを知らない人間の目に入りやすいのではないかという無根拠な考えが私にあるからである。だからといって、何か凄いためになるような有益な事は書かないだろう。読んでも読まなくても同じじゃねーか時間返せ訴訟みたいな記事しか書かない自信がある。そのような類の自信に満ち溢れ、私は生きているなう。

まあそもそも今後何らかの記事を書くかも謎であるのだが。