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ボーバクとしてるよねっていう話

 

今日は文鳥のヒナの代金を払い、一か月後に迎えに行く約束をした。

 

 

長時間電車に乗るという行為が他人よりも好きなのだと思う。乗ってすぐ本を読もうと取り出したりケータイを取り出したりするのだが、膝に本やケータイを置いて茫漠と車窓の向こう側の風景を眺めるのが一番好きだったりする。その間にとりとめもない事や下らない事や比較的重要な事や昔の記憶について考えるのが好きなのである。電車に乗っている間はボケーッと色々な事について取り留めもなく考える事が許可されているような心持になるのだ。心置きなく考え事が出来るというか。昨日と今日比較的長距離の移動を電車でした。楽しかった。色々な事を考え、記憶を反芻した。以下思い出した事と考えた事。

 

①クレイジーお姉さんの事

「死にたいと思った事がある?」とちょっとおかしい(であろう)知らない女の人に唐突に聞かれた事がある。確か中学三年生の時だったか、とにかく目が異様にぎらついた女の人に聞かれた。その女の人自体は顔立ちの整った綺麗な人だった気がするけれど、やっぱりどこか異様だった。そりゃ話したこともない中学生にそんな事を聞く大人はどこかおかしいだろう。で、図書館とか市役所の前のホールとかなんかそういう類の公の場所で勉強していた私に話しかけてきて、二、三言葉を交わした直後にそうにこやかに聞かれた。そんな事聞かれても困るし、死にたいと思った事がある?なんてこちらの心に切りかかってくるような暴力じみた言葉を、突如知らない人に投げかけられてかなり衝撃だった。言葉に詰まっていると、これまた知らないおばさんがその女の人の手を引っ張ってどこかに行ってしまった。うーん、言葉によるテロに近い。

という事を電車の中で思い出し、ドキドキした。そういうアンケートとるならネットでとってくれよなーと思うし、心の薄暗く柔らかい部分を全く知らない人間に蹂躙されたみたいで驚くからやめてよねーとも思う。まあ余りにも衝撃過ぎて、怖いとかそういうのよりポカーンとするしかなかったし、その後でも「あれはなんだったんだ…驚いたなあ」としか思わなかった。そのレベルで驚いた。今でも思い出す度に驚いている。そのレベルだから。やばい。

 

②ルールやばない?って事

電車に乗っていて車窓の外を眺めていると、車道を車が走っている。いや普通にごくありふれてて、特別注視して見るような出来事でもない。寧ろ空気があるレベルで当たり前になってる風景なんだけどさあ、車が車道を走ってるなんて。でもやばない?皆あれ交通ルール守ってるんだよね?やばない?ルールって凄いなあ、ルールがなかったら皆勝手な事をして、最悪みんな死ぬのだ。交通法規もだけど、人を縛る法律って全体的に最高やん!ありがとう法律!みたいな事を思って、法律という制度的対象に感謝し、それを作った偉い人に感謝し、法律を破る人を取り締まる人々に感謝し、そして法律を守る人間に感謝した。

でもその感動や驚きから学問に通じるかは別問題で、制度的対象の存在論とかはそこまで興味がない。芸術作品の存在論とかも。なんというか人間が生み出したものに感動や感謝はしても、そこから一歩踏み出して分析なりをしようという気にならない人間なのかもしれない。私は自然物(或いは自然種)と人工物(或いは人工物種)を別個の存在論的身分を持つものとする主張に賛成するんだけど、私は前者にしか興味はないのかもなと思っている。

 

 

もう少し考えたことがあったので書こうと思っていたのだが、頭痛がうまく治らないのでここらでやめて寝る。とにかく電車の旅は好きだ。最高に近い。飛行機とか怖いし、バスとか車とかすぐ酔っちゃうし。