露悪的に生きたいものだっていう話

 

今日は早起きだった。

 

これはとても読む価値のないブログです。

悪人になりたいと思う事が定期的にある。悪人といっても犯罪に走るとかそういう事ではなくて、他人を傷付けても他人に傷付けられてもなんとも思わずに笑ってお仕舞にして、そうして自分の感情と欲望にどこまでも素直に生きたいという事で、それを私は悪人と形容しているだけだ。他人がこう思うとかそういうのを気にせず前だけ見て歩いて、前にいる人間を蹴散らしてもどれだけ傷付けても、その結果自分の履いているヒールが傷付いても蹴散らした人に刺されても、鼻で笑っていられるような人間になりたいと思う。

まあ、無理なんだけど。

他人が傷付いているのを見るのは忍びない。それに意外なのだが私はかなり禁欲的である。だから無理だけど、せめて自分の欲望に忠実に生きてみたいと思う。例えば、夜中にポテトチップスとコーラが食べたくなったらまっすぐコンビニに向かうとか、誰でもいいからセッ〇スがしたくなったら適当な人とするとか、欲しいものがあったら後の事は全く考えずに全部買っちゃうとか、そのレベルで。その結果酷い事になったとしても笑っていられるような人間は生きるのが楽しそうだと思う。そういう事を後ろめたさなしに出来てしまう人間になりたい。

まあ、無理なんだけど。

自分の欲しいものを相手から奪い取る位強く生きたい。私は結局いつも奪い取られる側で、もううんざりだしいい加減飽きたわっていう感じである筈なのに何故か最終的にはいつも奪い取られる側にいる。ばっかみたいである。露悪的に生きて全ての人の顔を顰めさせたいものだとふと思うけれど、どうも奪い取られる側に慣れ過ぎているようで、そろそろ奪い取ってやるという気概の一つくらい欲しいものだ。愛も希望もなんもかんもカツアゲして無理やり奪い取る。そういう気持ちで生きるしかない。胸倉掴んて奪いとる。でも奪い取っても結局無理矢理この手に得たものは、手の隙間からすり抜けて去っていく。しっかり抱きしめて逃げないように縛っても、それ等は全部消えていくだろう。無理矢理得たものなんてそんなものだ。どうしようもない。なのでもう開き直って露悪的に生きるとこから始めようかなと思った。自分の醜い部分を曝け出して生きて人類の顔を顰めさせて、全員から石を投げられるくらいに。

きっとこのまま私はどこにも行けないのだろう。ブログを書いてる間くらい、悲観的になる事くらい、許してよ。自分の悲観的部分を隠して生きるの、もう疲れたのわ。私は元々異様に悲観的な人間だし、でもこんな私が悲観的だともうどうしようもなくマジでいいところないじゃんと思って努めて楽観的に明るく生きようとしてるだけで、別に根本は楽観的でもポジティブでもなんでもない。楽観的な言葉を頻繁に吐くのはただ自分に言い聞かせたり他人様を不快にしないようにしてるからなだけだし、ほんとは怖くてずっとグジグジしているし、だから何とかグジグジしないためにバイト大量にしてるんだけど、甘えたいし抱きしめられたいし泣きたいし辛かったし物凄い傷付いたし、そういう事ブログに書いちゃう私ほんとキモいけど、事実だし。もう抱えきれない位一歩も歩けない位辛いし、このブログ読んでるお前に勝手に押し付けたるわガハハハハ!みたいな気持ち。辛い。もう無理、全部無理。無理。後悔なんてこれっぽっちもない。決然と生きたい。ギリギリまで生き続けたい。これらはガチでリアルな気持ちだけど、決然と生きるだなんて、それはあまりに遠くにある目標すぎて、近くに何もなくて痛む足に必死で気付かない振りをして歩いてなんとか誤魔化してるのが現状だし、いい加減もうなんか疲れた。手を伸ばされるのを待っているなんてくだらないと思う。でも自分から手を伸ばす事が恐ろしくて出来ない人間は手が伸びてくるのを、抱きしめられるのを待つしかない。あほか。バカみたいだ。そうして手を伸ばされた他者に激しい嫉妬をする。それがたとえフィクションの中の存在者であったとしても。おーまーえーはーあーほーかー。無理です。だって羨ましすぎたんだもんだって私が欲しいけど与えられないものを全部全部与えられてたんだもんだってだって。それが彼が彼女らに与えた結果与えられたものだとしてもそれでも羨ましくて羨ましくてたまんなかったんだもんだってだって。恋愛で付いた傷は恋愛でしか治らないんだもんだってだって。辛い。このままじゃもう一生治んないよ。なんて悲観的に弱音吐いてる自分ばっかやろーキモ過ぎ!って咄嗟に思っちゃう自分を成敗したい。ちょっとくらい素直に正直に弱音を吐かせてやってよ頼むから、過剰な自意識よ。

 

露悪的に生きたい。のであえて露悪的に書いた。もうしるかばか生きるわあほ。辛い。