化粧とあれっていう話

 

今日はミスドに六時間も居座った。

 

化粧が最近安定しない。

今までアイラインは平行~たれ目位に引いていたんだけど、最近何となく釣り目気味に描き始めてから安定しなくなった。じゃあ戻せよっていう話なんだけど、なんかここ最近ずっと顔がむくんでいて、それもあって更に安定しない。鼻が常に熱っぽくて腫れてるみたいな感じなんだけどどういう事なの。

アイラインの角度で全部決まる目元の詐欺に私は全身全霊をかける。目元で顔が全部変わる。目の横幅が1mm違うだけで、目の縦幅が1mm違うだけで、二重の幅が1mm違うだけで、顔は全く変わる。目の横幅も二重幅(普段の私は奥二重である)も全てを変えて、外に出ているのだ。外の私と家の私は別人と言っても過言ではない。別の顔をした別人格だ。外に出る時は、違う顔の私に私は化ける。外で笑っている私は化物だ。

化粧をするのは、二つの理由からで、まあ一つ目は単純にすっぴんの自分の顔が嫌いだっていうだけで、私のすっぴんは絶妙にバランスがとれていない。顔の大きさや口や鼻に比べて目が全体的に小さいのだ。奥二重だし、奥二重のまま化粧をすると、どう頑張っても未亡人臭というか、なんか悪い意味で幸薄そうな顔になってしまって、バランスもいまいち取れてない感じがして、本当にため息が出るくらい嫌いだ。顔の印象を決定付けるのは諸々のパーツではなくバランスで、目をある程度拡大しないとバランスがうまく取れないのだ、私の顔は。ちくしょう。だからいつも言ってるだろ、化粧取ると顔がカオスになるって。あれマジだからな。なめんな。

二つ目の理由は、私を外用の私にするためだ。こっちの方が重要な理由かもしれない。化粧は私の鎧だ。外で戦うために私は化粧をする。化粧をして、まるで別人のような顔になった私じゃないと、そうじゃないと外に溢れる暴力とは戦えない。おどおどした私では暴力で精神が死んでしまう。ある種の暴力をそもそも寄せ付けないようにある程度の武装をしないと大変な事になる、というのが今まで生きてきて学んだ教訓で、武装用の化粧をするようになってからはある種の暴力からは守られるようになった。他の不愉快な事が起こるようにもなったが、それは不愉快なだけで暴力ではないので我慢できる。暴力すれすれ危機一髪な事態もごくごくごくごくまれに起こるけれど、暴力そのものに比べればまだ全然ましだ。魂は傷付かない。

 

でも化粧でも誤魔化せない内面というのが確かにあって、なんか誤魔化せないそれがじわじわ出てるんじゃないだろうかと最近うっすら思っている。ブログには具体的に書きたくない事柄をどうにかして吐き出したいという欲求を満たすためにかなりぼかして書くので、読んでも私以外分かんないだろうから読まなくていいです、ここからは。あれによるあれに起因するあれというあれ(?)へのあれやあれが未だに拭えず、結局なんかこう、あれを変にあれさせる私のあれのあれがにじみ出ているというか、なんかそんな感じ。あれがあったから、あれやあれにも対抗できなかったんだろうし、あれともずるずるあれしてたんだろうというか、なんかそんな感じ。どうあがいてもあれの持つあれには敵わないんだという、あれ。自分のあれと比べた時の圧倒的あれさとそもそもあれというものを痛感させるあれ。最近、もしあれがなかったら人生こんなんじゃなかったんかな、とよく考えるが、うーん、あれ、もう、ほんと、あれやあれであれできずあれにあれしてしまったあれはほんと、あれしたほうがいい。あれ。あれしてやりたいくらい未だにあれ。別にあれ自体がよくないとは全く思わないし、あれであれしてるならむしろ全然いいと思うし、あれであるという事にあれしているあれの人達もいるだろうしそういうあれの人達には心からあれしていてあれをあれしてるし、実際にあれをあれするあれが目の前にいても笑ってるけど、あれしちゃったあれはほんとあれだわ。あれをあれした方がいい。全員私があれしてやりたい。そもそもあれなあれにあれなんてほんと信じらんないし、あれですよ、だって未だあれだったのに、そんなあれなあれにあれって、ほんと、何なのって。いやあれはあれだからあれにあれするのは当たり前なんだけどさ、もし私があれであれにあれ出来るなら、それでもあれ的にお前あれはあれなんかと胸倉掴んで問いただしてあれしてやる、絶対。未だにあれの時のあれはあれだし、あれの後のあれが心にこびりついて取れない。多分もう一生取れないわ。どうしてくれんの。あれがあれすぎてあれであれしてあれを待ってた時のあれとか、あれになってもあれにあれされたあれが全く取れなくてあれで何度も何度もあれした事とか、あれしようとしてもあれ出来ないんですよ、っていうか、そもそもあれにあれなあれをあれさせるってほんとなに考えてんのって。結局私があれなのもあれに起因しているわけで、だってあれはあれやあれじゃない限り私にあれしてこないじゃないですか、あれ込みでのあれはね。あれなしのあれはありますけどね全然。そういう意味であれっていうか心からあれだから、だからあれは私にとって救いなんですよね。そういう意味であれがないし、あれなしのあれは本当に心が休まるから、あれなんだよなあ、大好きなんだよなあ、あれ。だから私はなんかあれのあれからあれされない限り、あれに関してはあれになれないっていう気しか最近しなくて、あれとあれしてた時は、あれについてはきっともう大丈夫だなどと思っていたけど、結局あれはあれだったし、あれー全然あれじゃんって。結局あれから私は全くあれしてないじゃん。あれがあれした時のあれだった私から一歩もあれしてないじゃんっていう、気付きを得たというか、結局あれがあれすぎてあれの前ではあれしてしまうんじゃんって。結局あれがあれなままなんじゃんって。勿論ほとんどのあれがあれだって経験的に知ってるし、実際あれなあれは皆あれであれなあれだから大丈夫って分かってるんだけど、それでもあれなあれのせいであれが未だにあれなんだよね。

あれほんとあれだから、私一生怨むから。

他の人間は全員許しても、お前だけは一生許さないから。