久々に明晰夢を見た。小学校低学年くらいの甥を抱きしめた時の服越しの生温かさを感じながら、これは夢なのだと分かっていた。実際私には姪しかいないからだ。その男の子は綺麗な顔をしていて、そして周囲の環境によって決定的に損なわれる一歩手前にいた。彼を抱きしめ、肉の詰まった温かい身体を抱きかかえた時、この子だけはもう二度と絶対に手放してはならないと思った自分をその時私は俯瞰していた。起きるその瞬間まで私は彼を強く抱きしめ続け、彼も私を抱きしめ続けた。生々しい夢は現実を凌駕する。夢と現実は逆転していく。現実は夢のように心もとなく、夢は現実のように生々しい。

 

愚痴1:起きる。何度起きたのか分からない。寝てはふと起き、寝てはふと起き、悪夢を見ては起き、奇妙な夢を見ては起き、不快な夢を見てはおき、自分の動きで起きた。睡眠の質が異様に悪く、頭がばらけていた。不穏さがあったので、試しに昨日貰ったものを飲んでみたが、多分効いているのだろう程度だった。日々悪化していく。布団に潜ってじっとしていると、化物の胎動が分かる。子宮を食い破らんと貪る化物。得体のしれない、それ。

愚痴2:手の甲をつねり過ぎて痣になっている。つねってもつねっても生じる痛みが自分のものだと分からない。そう感じられない。首をかしげる。またつねる。私と肉体が断絶されている。これ以上何があるというのか。これ以上。私は私をある種の形で失いつつあるのだ。手を握って留めようとしたけれど、それだけでは留められなかったのだ。これ以上私は何を失うというのか。やめてくれ。

愚痴2.5:昨日大学からの帰り、ふらつく身体で歩きながら「私のせいではない、私のせいではない」と思い続けた。だからといって誰のせいであると決められるほど事態は単純ではない。私を含めた全てのせいでもあり、同時に私を含めた全てのせいでもない。何かに奪われる。何かに理不尽に奪われていく。私がただ存在するだけで、世界が、正常な知覚が、私自身が何かに奪われ、食い尽くされていく。何故だ。どうしてだ。理不尽すぎる。だが過去の原因を考えても無駄だ。それを考えても現状は全くよくならない。だから、何故だ、という問いが宙ぶらりんになって、それ以上進まない。進める気にもならない。

愚痴3:研究内容は自らの疾患に肉薄する。どの程度まで近づいてよいのか分からない。なので昨日カウンセラーに聞いた。(昨日はカウンセリングと医師との面談が連続してあったのだ。)「例えば、ラカンとか、精神分析の本を読むとか、私の、その、○○○○○について哲学的に考察された本を読むとかいうのは、してもよいのでしょうか。」カウンセラーは言葉を濁した。しかし「今は止めた方がいいかもしれない。もう少し経ってからの方がよいと思う」と言った。そうか、と思った。あまりそれがよくないかもしれないという事は自分でも薄々分かっていた。研究する私は研究書と距離を保てていても、私はどこかでそれを直に受け止め傷付き蓄積しているという事に気付いていた。しかし、もう少し、とはいつなのか。10年単位で物を見ろと言われた時、もう少しは一般的な意味でのもう少しではない。かなり遠くだ。いつやれというのか。

愚痴4:どこに行くのやら分からない。完治させる薬もない。というか薬で寛解するとかそういう類の病気ではない。私が解決するしかない。何が起こるのか分からない。予言しかない。不吉な予言しかない。世界を、現実を、私を取り戻す術が分からない。多分ない。

愚痴5:奪われていっている正常さが溶けて異常さが何も知らない他者の前で発露されたその時、私は終わるだろう。酷くなった時私は動けなくなる。急速に全てがフィクションの世界に変貌していく。遠くなる。私は目玉をぎょろぎょろと忙しなく動かす事しか出来なくなる。上辺の正常が剥がれたら異常が現れる。異常がそれを知らない人間の前で起こった時、私はどうなるのか。○○○○○は決して理解されない。一般的ではない。障害ではなくフィクショナルなものとして処理をされる事の多いタイプのものだ。以前の私の認識もその程度だった。そしてこちらに理解して欲しいという気もない。発露したら表面上の凪はなくなる。困る。居場所がなくなるのは、困る。