馬鹿

 

 

私なんか生まれない方がよかったと思ってしまう心の弱さがボロボロ出てきて、今まで外に出ないように抑えてたのに、ほんと今までの努力が水の泡だよね。馬鹿じゃないの。無理だし辛い。まだ世界が綺麗に見えている今のうちに死んでしまった方がいいんじゃないかと真面目に考えてる自分がほんと嫌だ。馬鹿じゃん。世界ボロボロで色あせちゃって見えてるから、ほんとこのままだと私どこに行っちゃうんだろうって怖い。頻繁にウイスキーの瓶抱えてウイスキーあおってその怖さを忘れようとしてる。誰頼ればいいか分かんないからウイスキーとタバコに頼ってる。馬鹿だ。人間に頼れない。生きたいはずなんだけど、よく分かんない最近、ほんとなにもできなくて、疲れきってて、哲学は綺麗のままなのに綺麗に見えなくなってきた。色あせたかぴかぴのチーズみたいで粉っぽくて楽しくなくてそれがつらい。授業も行きたくない無断欠席したくてただ布団の中でまるまっていたい。何もしたくない。何もできない。心が苦しくて心が死にそうだから私の存在価値はない。隠しとおせるもんなら隠しときたいよこんな事言う存在価値ない自分なんかでももう隠し通す体力もなくなっちゃった。末期だよ。このままじゃほんとに精神完全に死にそうでいやだ。疲れた。もう疲れ切ってて、最近なんもできない。頑張ってたけどもう無理。事務処理も遅れて遅れて勉強も手につかなくて院にいる意味なんてなくてむしろ学の発展にマイナスでいる意味なんてどこにもない。体操座りしてぼっとしちゃってほんと生きてる価値なんてなくなった。私のここでの存在価値なんて哲学が大好きな所だけだったのにそれなくなったらここにいる意味なんてないでしょ。哲学を汚すだけでしょ。大好きを汚すだけならいない方がいいじゃん。私はここにいない方がいいじゃん。馬鹿じゃん。死んじゃえばいいのに。自分に暴力的になってるとか、自分に呪詛を吐き続けるとか、授業に行く気になれなくなったとか、哲学が無味乾燥とか、今までの私と全然違く手、多分やばいし狂ってるからどうにかしないとどうしようもなくなっちゃうよねって分かってるけどなんかもうどうにかしなきゃって思うにも体力要って、どうにかしにいく体力もなくて、どうにかするためにしかるべき場所に行くくらいなら布団の中でじっとしていたい。周囲にばれるのもやだ。親にばれるなんてまっぴらごめんだ。疲れた。無理だし、無理だし、なんか、無理しすぎたっていうか、一気に色々やろうと焦り過ぎてたって今更後悔してももう疲れ切っちゃったからダメですよねほんと私はダメですねって何だろこの文章、こんなの他人に読ませて私なにがしたいんだろ、受ける。ウイスキーが美味しいですね、器官が痺れる。死ねよ。

綺麗

 

 

人間大好きってなる時があって、それは大体心が弱ってふやけてしまっている時なんだけど、そういう時は簡単に目の前の人間ぶん殴りたくなったりもするので、今日は晴れ時々大雨その後快晴と思ったら土砂降りってな感じで、マジで病み上がりっすねっていう感じのなかなかスリリングな一日を過ごしてて、マグロ、マグロが一番食べたいのにマグロは絶対食べたなくないみたいな、そういう矛盾した感情を頂きつつ薄暗い曇天の下を一人行進して、資本主義社会の舞踏会本戦会場であるコンヴィニエンス・ストアでレジをひたすら打ちまくる私は薄っぺらい笑顔を顔にはっ付けて、客に向かってバーコード読み取り機という名のエクスカリヴァーをぶん回しながら「ヤアヤア我こそはマスク・ド・コンヴィニエンス店員」と口上を朗々(決してLoweLoweではない事に注意せよ)と述べていた訳なのですが、帰りがけ一昔前のギャルみたいな口調で「カラオケ行きたくなぁ~い?ブチアゲ~?」みたいな脳内呪文(効果・相手は死ぬ)を唱えながらオラついた感じで近所のコンヴィニに設置されてる灰皿の前でFGOログインしながら煙草を吸っていたら何だかまっちろい小さいのが黒い空から降ってきて、「あ、雪じゃん」って思ったらそれがたくさん落ちてきて、その中を赤い頬をして自転車をこぐ道端の男子高校生を見てたら何だか泣きたくなった。

人間が生きてるってほんと奇跡的だっていっつも忘れてるけど、こういう普段なら簡単に見過ごしてるほんとマジでどうでもいいザ・日常みたいな風景が、どうしても胸に刺さってきて無理やり琴線かき鳴らしてくるみたいなそんな今日みたいな日に、人間が生きてるという事自体が感動的で大切で稀有でなにより美しいのだ、と思い出す。心が柔くなめされてるから、謎の液体とか見飽きたくらい見慣れた風景とか空気とか気持ちとか、いつもなら染みてこないものまで染みてきちゃうこんな日の夕飯はあったかいクリームシチューって相場が決まってるよねって事で、コンヴィニでクリームシチュー買って帰った。雪がバラバラ落ちてくる中を一人で歩いて、さむさむ言いながら鍵開けて、家の中入って炬燵を付ける。心がやわやわで雪が降ってて、静かで、そんで心の中には雪の中で寒そうに自転車こいでるどこにでもいそうな匿名性の高い男子高校生(人間)。煙草を持つ私の手の赤さと、冷たい風に打たれた君の赤い頬。風で揺れる私の付け睫毛、君の五分刈りの頭。PCの黒いモニターにはっきり映るスプーン咥えた私の顔。最初から覚える気もなかった君の顔。私と君とは違うのだな、徹底的に違うのだな、と思って、私は君の事何も分からないな、ところで私が食べてるクリームシチューめっちゃ美味しい、おかわりない、絶望かよ、みたいな、そういう哀しみを乗り越えた向こう側の晩餐を終わらせる。めっちゃカラオケ行きたい。

君は今をどう生きていて、これからどう生きていくんだろうね。哀しい事もあって楽しい事もあって、色々あって君なんだろうけど、ただ雪の降る中で自転車こいでた君の生はキラキラしてたよ、綺麗だったよ、星5だよ。君が何を考えてたかなんて知らない。だって目の前にいるのが例え仲の良くしてもらってる人だったとしても、その人がほんとは何考えてるかなんて、全然分かんなかったし、これからも分かんないから、話した事もない、目を合わせた事すらない、きっと私が存在している事も知らない君が何を考えて自転車こいでるかなんて分かんないよ。もしかしたら見たいテレビの事かもしれないし、もしかしたら勉強の事かもしれないし、もしかしたら好きな人の事か、夕飯の事か、UFOの事か、解脱の事か、こんなもしかしたらの話、何個でも思いつけるくらい、君が何考えてるのか、分かんないけど、それでも、その時君が嫌煙家で喫煙者の私に殺意を向けていたとしても、その時君が殺したいほど憎んでる奴の事を考えてたとしても、その時たとえ君が世界の全てを憎んでいたとしても、すごく、すごく、君は凄く綺麗だった。人間はきっと生きてるだけで綺麗だ。勝手に私の胸に手を突っ込んできて琴線をじゃらじゃら掻き鳴らしてしまう位、綺麗だ。

人間は生きてるだけで綺麗だって事を忘れてしまう位、嫌な事ばっかりで、私達はやっぱり汚くて、煮込まれてべったり張り付くコールタールみたいな悪意に辟易するけど、やっぱり人間って、生って本当に綺麗だって思える日があるから、だから私は根本で生きるのが大好きで、だから生きる事がやめられないんだって思う。私は綺麗なものが大好きで、だから哲学が大好きなんだけど、それとは別の今日みたいな輝きも観測したくて、やっぱりそれがないと生きたいって思わないと思う。綺麗だ。やっぱり世界は綺麗で、その中に立つ私は綺麗に囲まれて生きてる。全然綺麗じゃない私が綺麗に溶けて生きられる悦びは凄いんだって、思うよ。

美しい世界に溶けて生きる美しい君に幸あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我儘

 

 

また熱が出た。

高熱に浮かされ、気分の悪さに頭はどこまでも重く、まるで地面は綿のように柔らかく心もとない。時間や空間まで熱された飴のように簡単に曲がっていく。私以外の個体が全て柔らかく不安定に変容してしまったようで、気持ちの悪さに拍車がかかる。その点普遍者はいいよなあ!?(?)

私の普遍者推しはともかくとして、今回はすぐに熱が微熱に下がったのでまだ楽だった。それに腹痛は何も食べなければ治まるのだから、どうにでもなる。ただ、発熱時のあの身体の重みが昔から嫌いだ。例え高熱が去っても去らない足元の覚束なさ、地面に沈み込んでいく踵、重心がぶれる身体、その場に倒れてしまいたい身体、それでも決して倒れない身体。肉の詰まった自らの身体の重みを嫌でも意識させてくるようで、自らの存在の重みを見せつけられているようで、本当に本当に嫌いだ。

 

高熱の中、倒れそうで倒れない身体を引き摺り、コンクリート製の道に沈み込む足を必死に動かして、コンビニエンスストアにスポーツドリンクを買いに行った。気分の悪さに途中何度か立ち止まった。ここに屹立する身体。倒れてしまえば楽なのに、倒れたらおしまいだと言わんばかりに倒れようとしない身体。そして、どこに向かって倒れたらよいのか分からない身体。眩暈がした。飲料を何本か買い、また何度か立ち止まり休憩しながらなんとか家に帰り、ベッドの横にビニル袋を投げ、ようやく布団に倒れ込む。気分の悪さがふっと和らいだ。そのまま目を閉じると、何故かいつかの後輩の言葉が再生された。「○○さんは誰に対しての対応も全部一緒だから、誰にも興味ないってすぐにわかります。バレバレですよ。」

ずっと前に言われた言葉が頭から離れないのは、それが胸に深く刺さったからだ。「普通、人によって対応を変えるんです。」そうなんかなあ。そうなんかもしれんなあ。「○○さん、全く変えないじゃないですか。誰に対してもニコニコ笑ってるじゃないですか。」やけどさあ、やって人によって対応変えるなんて、失礼やんか。「対応変えないの、自分に興味ないって相手にばれるから逆に失礼だと思いますよ。」そうなんかなあ、失礼やないんかなあ。言われた時もよお分からんかったけど、いまだによお分からんなあ。「○○さん、人によって対応って変えていいんですよ。」そうなんかなあ。「嫌な人に、ニコニコとかしなくたって、いいんですよ。」やっぱ分からんわ。いまだによお分からんわ。ごめんなあ、あの時せっかく言ってくれたんに、いまだによお分からんなんて、わたし駄目やなあ。ほんと駄目やなあ、なんなんやろなあ、なんで分からんのやろなあ。ごめんなあ。

熱で緩んだ脳内の台詞と会話をする。何年経っても毎回変わらない自分の応対にいい加減笑いが出てくる。後輩が言ってくれた事は多分(少なくとも部分的には)正しくて、だからこそ未だに深く突き刺さっているのだけれど、それが出来ない人間もいるんだ、とついつい言い訳をしてしまう。原因はよく分からなかった。元来そういう人間なのだと思っていた。

起きると、日は昇りきっていて、熱は七度台まで下がっていた。昨晩の脳内での会話を布団の中で思い返していて、何故出来ないのか、という問いへの解答が分かった。誰を信用してよいのか全く分からないからだ。

今になって気が付いた理由は、昔の自分をじっと見てみようとし始めたからに違いない。心を開いた/開こうとした人間達に裏切られ何度も繰り返し否定されてきた、ただそれだけの事で何もかも分からなくなってしまった。私なんかが寄りかかるのは迷惑だと、他者に私を拒否される理由にしかならないと思うようになった。そして何より他者に弱みを見せるという事が私を脅かすのだと。目の前の人間をどこまで信用してよいのか、目の前の人間にどこまで踏み込んでよいのか、そもそも目の前の人間を頼ってよいのか、信用してもよいのか、目の前の人間をどこまで自分の中に入れてよいのか、全く判断がつかないままこんな年齢になってしまった。勿論、色んな人をある程度まで信用している(約束を守ってくれるとか、口が堅いとか、そういう)のだけれど、なんというか、いつ裏切られてもよい程度にしか信用出来ないというか、裏で私の悪口を言っていると想定しても(そもそも誰に対してもこの想定をしてしまう時点で狂っている)、「はあ、そうですか。仕方ないですね。」としか思わない程度にしか、自分の事なのに他人事のように感じる程度にしか信頼出来ないのだ。もう二度と傷付きたくないという、傷付くのが怖いという、今度また傷ついたら取り返しがつかないのではないかという弱い感情によって、私は人間に興味を持つ事を、他人を深く信用するという事をやめてしまっていたのだろう。他の人への対応が全く同じになるのは、つまりそういう事だと思う。興味を持っても裏切られるのならば、誰に対しても興味を持たない方がいい。そういう意味で、私にとって誰もが同じラインにいる。そして私は踏み込みたいのに、深く誰かを信頼したいのに、怖くて誰にどう踏み込めばいいのか全く分からないので、誰に対しても同じ対応になってしまう。

だから、去年とても仲の良い友人だと思っていた人間に酷い事を言われても全く傷付かなかった。そうか、としか思わなかった。そんな自分にかなりのショックを受けたのだけれど、今なら理由がはっきり分かる。相手を全く信用していなかったからだ。当たり前だ。前に付き合っていた人間に対しても、私はこの態度を貫き通していた。多分他の人間よりも信用していた部分は多少あったと思うのだけれど、最後まで決して信用する事はなかった(相手の態度にも原因はあったと思うけれど)。そんなの上手くいかないに決まっている。

 

結局私は深く信用出来る人が誰か分からなくて、もう二度と傷付きたくなくて、そのくらい弱くてちっぽけな人間で、だからこそ人生を一人で歩ききる前提で黙ってニヤニヤ笑っていたのだけれど、それに伴う被害もけっこうあって、もう傷付きたくない筈なのに違う種類の傷を付けられた事もあって、でも違う種類の傷だからあれよりもまだましだと思って我慢してきたけどそれも難しくて、正直誰でもよいから誰かの胸に倒れ込みたいのに、誰の胸に倒れ込んでいいのか全く分からないし、手を伸ばした途端全員から手をはたき落されそうで、誰に手を伸ばせばよいのかすら分からないし、それならば最初から手を伸ばさない方がましだから、自分の身体の重み、自分の存在に潰されるまで一人で歩き続けるしかないと心のどこかで諦めている。自分を被害者だなんて思いたくないし、あんなの世界によくある話で悲劇のうちにも入らないと分かっているけれど、それでも辛かった事くらいは、本当に辛かったからこそこうなってしまったという事くらいは認めてあげないと解決が見いだせない。熱に浮かされている不安定さが、コンクリートの道に沈み込むほど重いのに決して倒れようとしない身体が、倒れる先が判断できない身体が、厭わしくて厭わしくて、どうしようもなく煩わしくて歯がゆくて、いっそ身体なんてないほうがましだとすら瞬間思わせるけれど、そんな事は決してないのだと分かっている。治れば身体は軽くなるのだと分かっているからこそ、骨の髄から理解しているからこそ、今は辛い。でもきっと明日は今より辛くない。今より辛くない明日を信じて、それを繰り返し積み重ねて、私は生きたい。

私が掲げるべき目標は、きっと周囲の人達を信じるという事に恐れを抱かない事だ。やり方も分からないくらい、今の私には難しいけれど、でも、私は、それでもやっぱり、どうしても、どうしようもなく他人を信じたいのだ。これは私の欲望で、私の我儘だと分かっているのだけれど、重すぎる身体に、ずっと伸ばさずにいて悴んでしまって上手く動かせなくなった手に、他者に触れてもらって温めてもらいたいのだ。もっと言ってしまえば、ものすごい恥ずかしいし、我儘が過ぎてこんな願いを持つ事自体に申し訳なさしか感じないのだけれど、私は誰かの胸の中で泣きたいのだ。誰かに救われたいのだ。自分だけで自分を救うなんて無理だったのだ。心の奥底では分かっている筈だ、周囲の人たちは私を抱きしめてくれないにしても、きっと伸ばした私の手の先ぐらいは握ってくれるだろうと。それでもやっぱり拒否される可能性が怖くて手を伸ばす事すら出来ないけれど、重い身体もいつかは軽くなるから、熱はいつか絶対下がるのだと分かっているから、だからいつか手を伸ばせると信じたい。そして、こんなお願いを私なんかがするのは本当に申し訳ないのだけれど、しかも誰に対してのお願いなのかも分からないけれど、私が手を伸ばした時、小指の先でいいから、本当にほんの少しだけでいいから、握らなくたっていいから、負担になんて絶対にならないから、ただ本当に一瞬でいいから、私の手に触れて欲しい。私はあちこちボロボロで馬鹿で駄目でどうしようもなくてよい所なんて全然なくて汚れているから、誰かに触れてもらいたいなんて、誰かに救ってもらいたいなんて、そんなの大それた願いだけれど、それでも、やっぱり人間だから、そう思ってしまう。ごめんなさい。卑屈だと分かっているけれど(他の人が今の私と同じ事を言ってたら絶対「それは卑屈過ぎだよ…」と感じる)、どうしてもそう考えてしまう思考回路なのでどうしようもない。卑屈過ぎるのも治したいけど、多分それも同じところに原因がある気がする。私が馬鹿で駄目でどうしようもなく愚かだから、裏切られ、否定され続けたのだと。そうじゃないとあんな目に遭った理由が付かないと。酷い話なのかよく分からないけど、多分酷い話なんだと思う。歪んだ形に固まった人生を、他の人に温めてもらって、私は真っ直ぐにしたいのだ。本当に我儘を言っている(そして辛い時に周囲の人間に頼りたいと思うこの気持ちは多分人間としてごく普通の感情であり別に我儘でもなんでもないと分かっているのだが、どうしても「私ごときが…」と思ってしまい、かつ弱みを見せると嘲り笑われ結果殺られるという思想がある種の歪んだ防衛反応としてこれは通常の感情ではなく我儘だと思わせてしまうという事も分かっている)。大変申し訳ない。でもブログは今番外編だし、全部正直に書く場だと決めたから、我儘でも何でもそのまま書くよ。気持ちが我儘、願いが我儘、私は我儘。それでもこれが正直な気持ちで正直な願いなら、仕方ないよね。いいよね。

以上が卑屈で下らんどうしようもない私の切なる願いである。ごめんね、素直じゃなくて。ブログの中なら言える。思考回路はショート寸前。今すぐ会いたいの。

誰に?

分かんないや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

灰色

 

 

一面灰色の空は憂鬱だけれど、その憂鬱さに救われる日もある。

私は私しかいないという事実を認識するのも億劫な憂鬱に染まった日。この苦痛を分かる人間はこの世界で私しかいないという単なる事実の認識すら、灰色の脳髄が拒否したがる怠い午睡のような一日。

灰色。

青い空は綺麗だけれど、眩しすぎて疲れる。

雨の日は雨粒の動きが忙しなくて落ち着かない。

一面の淀んだ灰色。

まるで変化が止まってしまったかのように動かない灰色の空にほっとする時がある。

 

憂鬱である事を罪悪のように感じる。憂鬱はすぐに隠してしまわなければいけないというある種強迫めいた考えがある。憂鬱を感じる私に存在意義を感じられない。ずっと憂鬱ならばいない方がましだと、真面目に考えてしまう。憂鬱な私を誰も必要とはしない、という信念に囚われている。

空が灰色の時、憂鬱である事を許されているような気持ちになれる。憂鬱を許された日。唯一ほっとする日。私の中に憂鬱が巣くっていても、それを隠さずにいても、憂鬱を心の奥底から取り出してそっと眺めても、そんな私が存在する事を認められている。そんな気がする。

今日は晴れているから、許されない。

明日も晴れだろうか。

 

生きていたいと常に言い続けないと簡単に死へと堕ちていってしまいそうで、そのような予感が恐ろしかった。10年以上甘美な死の手招きに抗い、私は生きたいのだと、そう繰り返し繰り返し唱え続ければ死に打ち勝つことが出来ると、そう願ってきたのだけれど。最近疲れている。あまり調子がよくない。

死にたくない。生きたい。ただ、少し疲れているだけなのだと思う。ただ、抗うという事に疲れただけだから、少し休めば回復できる筈だ。

死にたくないのに死へと誘われる。死はある種の快楽だと知ってしまった15歳の私と、その快楽に抗い生きてきた27歳の私。首が絞まり、耳鳴りが次第に大きくなっていき、目の前が暗くなっていく。これで全ての苦痛と永遠に別れられると思った瞬間、全身を駆け巡ったあの時の強烈な快楽。破裂寸前の心から鬱屈が一気に抜けていくあの感覚は、確かに、快楽だった。死にかけた瞬間、久々に肺一杯に空気を入れて吐く事が出来た気がした。救いだった。

私を殺しかけた私への罰なのかもしれない。あの快楽の引き摺る力に抗い続け生きよという。

それならば仕方ないと12年間頑張ってきたのだけれど、疲れ切っている。最近顕著だ。このままだとよくない方向に行ってしまうだろうという不吉な予感がある。

憂鬱である事を許される日だけ、休息を許される気がする。

毎日曇っていていい。

しばらくずっと曇りであって欲しい。

疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

限界

 

 

(内容が内容なので私のイメージを崩したくない人は読まない方がいい)

言葉にする。

それを許された時、これで私は救われた、と胸をなでおろした。今まで決して誰にも言わず、過去を胸に秘め、それを背負い、これからも独り生きていくのだと覚悟していた筈なのに、気付いた時にはそれの重さに耐えきれなくなっていた。恐ろしかった。本当に恐ろしかった。限界が近いと分かっていたのに、どうしようもなく、ただ到来するであろうその時を待っていた。

言葉にする事を許された時、これで私は死なずに済む、と最初に思った。

 

15歳の時の私。

正直、15歳の時の事をうまく思い出せない。というよりかは、思い出そうとしても、脳が強制的にぼかしを入れて、直接見えないようにしてくる、と言った方が正しいだろう。そこにある経験と記憶がよく見えない。ぼんやり見えるそれは、ぼんやりとしているが故に自分の経験や記憶というよりも誰かほかの人の経験や記憶のように感じられて、正直自分のものであるという感じが全くしない。全て自分で経験したはずなのに、他人から伝聞した話のように感じる。だから、少なくとも今は、詳しくは書けない。かける事だけ書く。

15歳。

あらすじを説明するのは簡単だ、と書いて、今、胸の動悸が凄まじい。三行で終わってしまうあらすじを、私は書けない。動悸が、手の震えが、冷や汗が、恐怖が、哀しみが来て、書けない。

どうしてかけないのだろう。怖いのか。それを直視するのが。

簡単な話なのだ。よくある、よくあると思いたい、そういう話であって、ただ、でも、私は過去の私を救ってあげたい。抱きしめてあげたい。一緒に泣いてあげたいから、過去の私をしっかり見据えなくてはならない。だから、なんというか、書かなくてはならない。簡単でよくある話だから、大丈夫だ。大丈夫。

簡単な話だ。ただいじめられていて、ここまではよくある話で、その虐めている人々に私の秘密や情報を伝えていたのが小学生の頃からずっと親友だと思っていた人間で、家では母が待っていて、家にも学校にも居場所がなくなって、誰を信じていいのか全く分からなくなって、結果自分で首を吊ったというだけだ。自死しかけただけ。それだけ。

そう、簡単な話だ。かけた。よかった。

どこにも居場所がなかった。どこに行けばいいのか、どうすればいいのか、本当に分からなかった。家は冷たい監獄で、学校は淀んだ肥溜めみたいで、友人は複数人いたけれど、一番仲がいいと思っていた、親友だと思っていた人間に、裏切られていて、裏で笑っていたのだなと、もう本当に何が何なのかよく分かんなくなって、もう終わりだと思った。どこにも救いなんてなかった。世界中の全員が、私を嘲り笑って追い詰めたいのだと思っていた。家族も、親族も、友人も、教師も、知り合いも、人類全員が誰も私を助けてくれないのだと悟った。そして自分で自分を終わらせようとした。

 

自殺未遂をした時、耳鳴りと暗くなる視界に包まれ、そしてだんだん気が遠くなる中で『どうして私が死なないといけないんだ。おかしくないか』と思ったので(超クール)、足の下にあった椅子に脚を立てた。まあ多分紐の位置がよかったのだろう。ジャストフィットすると即気を失うと聞いたから。そうして結構ギリギリ(だったと思う。分かんないけど)の所で、死ぬのを取りやめて、だから私は今生きている。私が人知れず死ぬ一歩手前までいっていたのは誰も知らない。私しか知らない。

辛かったね、と言って、あの頃の私を抱きしめてあげられたらどんなにいいだろう。一緒に泣いてあげられたらどんなにいいだろう。あの頃の私が欲しかったものを、今の私が全部あげられたらどんなにいいだろうか。そうすれば、きっとあの頃の私は救われたのに。死のうなんて思わなかったのに。自分の小さな部屋で首を吊ろうなんて、吊った時の感触なんて、誰も信じられないなんて、人間に興味を持つのが怖いなんて、死は快楽で、そして救いだったなんて、そんな知らなくていい事や知らなくていい感情を知らずに済んだはずなのに。

呪いは後を引き、あれからというものの死はずっと私の袖を引っ張りながらすぐ横を歩いている。

死に袖口を引っ張られている感覚というのは読んでる人には理解出来ないと思う。死にたいという自分の気持ちと戦っているというのではなく、本当に死に袖口を引っ張られ続けているのだ。希死念慮はこれっぽっちもないし、死にかけたからこそ長く生きたいと強く思っている。でも、時々、ふと、何かのはずみに簡単に死へと落ちてしまいそうな自分が恐ろしくなる。別にそのはずみはどうでもよくて、例えば、曇り空だったからとか、朝起きたら寝癖が凄かったとか、そういうような簡単なはずみで、死に袖を引っ張られている力に負けて奈落に落ちてしまいそうで、そのまま簡単に死んでしまいそうな自分がずっと怖くて怖くて堪らなかった。だから、ずっと死に抗って、死と争って生きてきた。私は生きたかった。だから私は「生きたい」と言うのだ。死んでしまわないように、死に袖口を引っ張られてそのまま落ちていかないように。「生きたい」という言葉は私にとっておまじないであり、切迫した祈りであり、心からの願いだった。

でも、疲れたのだ。私は頑張って一人で全部かかえて人生を歩ききろうと思っていたのだけれど、きっとそれは無理だったのだ。一人で抱え込むにはそれ等は大きくて、重すぎた。12年間一人で抱え込んで歩いてきたけれどそろそろ限界だと、最近死に抗う自分の力が弱くなってきていると、薄々自分で分かっていた。このままだといつか引っ張られる力で奈落に落ちてしまうのだと。でも、どうする事もできず(だって誰にもこんな事言えないし、そもそも誰にも言う気もなかった)、もう半分諦めかけていた。非常に残念な事ではあるが多分私は皆よりずいぶん早く死ぬだろう、とここ数か月は本気で思っていた。万が一の時のために遺書まで用意していた。(もう必要ないからこれを書き終わったらデータを消すけれど。用意した時は本気だったけれど、今となっては笑い話だ)

私は生きたい。

私はずっとずっと苦しんで辛かった分、これからは楽しく生きたい。そう心の底から願っているから、辛かった事は言葉にした方がよいと言われた時、ああ、これで死なずに済んだと心の底から安心した。そうか、この重荷もきっと言葉にして背中からおろしてもよいのだと思った。つぶされてしまう前にはやくおろしてしまいたい。だから、こうやって外から帰ってきて即ブログを書いているのだけれど。このブログがあってよかった。多分特定の誰かに面と向かって上記の事を言いなさいと言われても、絶対に誰にも言えなかっただろうから。

 

肝心の15歳の頃の事についてはほとんど書けなかったけれど、でも私にとってぼかしの向こう側を直視しようとして、ほんの少しだけでも言葉にしたという事が凄い事で、だって12年間全く出来なかったのだ。本当に頑張ったのだ。

もっと目を凝らしてぼかしの向こう側をはっきり見る事が出来るようになったら、また書いて、そして、向こう側にいる昔の私を迎えに行くよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愚痴

 

 

特急列車の中は人で溢れている。先程オロナミンCを零した。零したオロナミンCがパチパチと爆ぜる微かな音を聞きながら列車に揺られて外を漠然と眺めていたら、フ、と肩から力が抜けた。

 

地元にしばらく滞在すると自暴自棄になる、というのが今回分かった事だった。思い返せば、以前も最終的に自暴自棄な思考になり、列車に乗ってしばらくしてからフ、と力が抜け、いつもの思考に戻った。何故なのか、と今ぼんやり考えている。

 

居場所のなさと、怒りの抑制が原因だろう、と思った。

抑制された怒りを少しでも晴らすために、なんというか、告発ではないけれど、溜まった鬱憤を晴らしたいというか。なので嫌な雰囲気の話をする。愚痴ですね、つまりは。

私がいた頃、もっと言えば私が小学生低学年から高校生の頃、家庭は殺伐としていた。小学校低学年の頃、父は昇進したばかりで疲れ果て常に苛々し、母は高齢出産で産んだ弟の世話と更年期で常に苛々していた。毎晩のように激しく喧嘩をする両親に何度喧嘩はやめて、せめて私が寝てからしてくれと懇願しただろうか。それでも喧嘩をし続ける両親に私が出来る事はおどけて笑いをとり、その場の空気を少しでも弛緩させる事だけだった。思春期に入り私に芽生えた自我は疲れと更年期で不安定な母親にその殆どを否定され続け、少しでも気に食わない事があればヒステリックに怒鳴られ、「お前は失敗作だ」「お前の教育は失敗だった」と言われ、吐き捨てるように発される様々な言葉で簡単に存在を否定され、時には何日間も無視をされ続け、時には下の部屋に降りてくるなと何日間も小さな部屋に追いやられ、時には何時間も正座をさせられ続けた。体調が悪くても教会に引き摺るように連れていかれ、聖書を読む事を強制され、中学の頃は毎日母の前で無理矢理聖書を読まされ、それについての感想を述べさせられた。少しでも遊べば不機嫌になり、友人達との付き合いも「この子は良くない子だから」という意味の分からない理由で制限され、私の友人達の悪口を延々と何時間も聞かされた。欲しいものがあるから自分の通帳からお金をおろして欲しいと頼んでも嫌な顔をしておろしてくれなかった。自分のためた多少高額なものを買うと言っても許可してくれず、高いものを買うなと怒鳴られた。暴力はそんなになかったけれど(よくある範疇というか)、一度腕にくっきり手の形の痣が残った事があって(これは私に原因があって怒られたので恨んでないけど、11だか12だかの子供にそこまでの肉体言語使わなくていいじゃん…とは思う)、保健の先生に虐待を疑われた時は冷や汗をかいた。それを報告し、その報告に笑う親を見て、少し釈然としなかった記憶がある。それ等を避けるために、私は母親好みの発言をするようになり、その辺りから母親は怒らなくなったので、ああ、この人は自分の範疇にあるものしか肯定出来ないのだと理解した。

そんな家庭で私は自分の居場所を見出し、あるいは作ってきた。あれから時が経ち、私は27になり、親は祖父母という役割を得ていた。歳を重ね、更年期も終わり、とても穏やかになった母と父、「今私たちは一番仲が良いのよ」という母の言葉、笑う姪たち、それをみて微笑む姉、義兄、自由に振る舞い続けそれを許容されている弟、温かい家庭にいる家族。そして、そこに馴染めない私。私には今の穏やかな家庭の中で居場所を作るという事が出来なくなっていた。気付けば、私だけあの冷たい監獄のようだった頃の家庭に置いていかれていた。

 

そして歳を重ねた事で穏やかになった彼等に、私は理不尽な怒りを感じている筈だ。弟は私の何百倍も沢山の、そして深刻な問題を起こしていたのに、彼等は頭ごなしに怒鳴らなかった。無視をせず、部屋に閉じ込めず、腕を力づくで掴んで揺さぶらず、失敗作だと罵らず、問題を起こす度、ただ静かに対話を続けた。弟が高価なものを買うと言った時、彼等は当たり前のように許容した。弟が友人と遊ぶ事を許容し、弟は当たり前のように自由に振る舞う。私ではない彼は真っ当に愛されている。どうして私にはそうしてくれなかったのか、どうして今出来ているのに私が10代だった頃はあんなに酷い家庭を作り出していたのか、というマグマのような怒りは、あの頃とは事情も彼等の精神状態も何もかも違うのだからという最もな指摘で蓋をされる。

そして穏やかになったとしても、私の人生を手中に収めようと蠢く触手に絡め取られそうになる。結婚は、恋人は、恋人を早く作れ、恋人とはこういう風に付き合え、あれをするな、これをするな、こうしろ、ああしろ、結婚をしろ、でもこういう人間とはするな、こういう人間と結婚しろ、とアドバイスと書かれたラベルを貼り付けた大きな瓶を何時間もかけて押し付けようとする。結局何も変わっていないのだ。ぱっと見変わったとしても内部はあの頃から何も変わっていない。自分の範疇にあるものしか見ようとしない。それ以外は無視をする。それに哀しみと怒りを感じる。

その激しい怒りと哀しみと嫉妬が溜まりに溜まり、結果自暴自棄になる。鬱屈した怒りと哀しみと嫉妬を発散させるには、自暴自棄になるしかないらしい。本人達にぶつける事も出来ず(逆ギレ要因になるだけだ)、友人や他者にぶつけるわけにもいかず、自分の中で全て解決するしかない。そうなると自分に怒りをぶつけるしかなくなり、即自暴自棄だ。下らないと思うがどうしようもない。ツイートが荒れる。ブログも荒れる。ごめんね。

 

何年もかけて赦した筈なのに、赦しても変わらず嫌な事をしてくる相手を赦し続ける心の広さがまだない。怒りを覚えないようになれない。怒りを抑えるので精一杯で、せっかく手に入れた赦しが遠のく。

赦せるように、ハッピーになれるように、今年も頑張るね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呪縛



人生の中でやっと手に入れた小さな寿ぎ達は、簡単に呪いに押し潰される。
好きを口にすると、その好きは私から離れた途端に穢され地に落ちる。
血の滲む努力の果てに微かな希望を持てば、その向こうでは絶望が待っている。
忘れていたのか、或いは忘れたかったのか。過去を乗り越えた事実に浮かれていたのか。ここには、昔も今も、全否定しか存在しないのに。

なんとか繋ぎ止めていた綱が遂にちぎれた音が聴こえて、何も出来なくなった。
文字がうまく読めない。あんなに熱中していたソシャゲーも出来なくて、ログインするのが精一杯だ。ツイッターも無理やりツイートをひねり出している。ブログなら書けるかも知れないと思い書いているけれど、よく分からない。
まるで抜け殻のようで、生きている感じがしない。実家から出て、外を散歩していると負けるものかという気持ちになるのに、実家に足を踏み入れた途端にその決意は砂のようにサラサラととけて、何もなくなる。
生命力を家に吸い取られているようで、自分の人生を生きようという意志がなくなっていく。泥沼にはまったようにじわじわと損なわれていく自分を、ただ見つめている。
あと三日すれば、私は仮初めの自由に身を投げ出す事が出来る。繋がれたままの鎖を見ずに生きる事が出来る。ただ、呪いはとけない。
あの人の範疇にない生き方しか出来ない私には、全否定しか待っていなかった。肯定を貰うためには、偽るしかなかった。きっとこれからも、それは変わらない。
血は呪いだ。
決して消す事の出来ない致死的な呪い。
血の繋がりという一番恐ろしい呪い。

家庭という恐ろしい監獄の中で様々な呪いをかけられ、私はその呪いをとき、自分の人生を寿ぎで満たそうと頑張ってきたつもりだ。ただ、今、なんとか繋げていた綱を断ち切られ、この監獄には全否定しかないという事実を痛みと共に思い出し、呪いをとこうと努力してきた私は、赦そうと10年近く努力してきた私は一体何だったのかと正直に言えば、思う。私の痛みは、私の流してきた血は、私の苦しみは何だったのか。無力で、全てが無駄で無意味だったとは思いたくない。ただそう思わざるを得ない。人生はハッピーエンドで終わらせる事ができない。ハッピーエンドを迎えた瞬間、その向こう側に足を踏み入れなければならない。私は今、ハッピーエンドの向こう側にいる。
赦しても赦しても損なってくる相手を赦し続ける事が出来るのか。蛸の触手のように絡みつき、私の人生を無意識に吸い取り尽くそうとする人間達と私はどう戦えばいいのか。もう、戦えない。少なくとも、この土地にいる限り、私は抜け殻のままだ。今年がもう2時間もしないうちに終わるのに、暗鬱な気持ちで嫌になる。不吉な予感と焦燥と絶望ばかりが胸を占め、泣き叫びたくなる気持ちが溜息として漏れ出るばかりだ。

でも、来年も「明日も楽しく生きたい」と言える自分でいたいから、あと三日、頑張れば大丈夫だ。きっと、大丈夫だ。
来年になれば、きっと、きっと大丈夫だから。